折からの手料理ブームである。
『ニトロ・ポルカト』が『英雄』とまでなった今、その嗜好を真似る人間達が以前にも増して大急増、中でも麗しい姫君とのエピソードに頻繁に出てくる『手料理』が注目を集め、そこに付随してきた様々な思惑感情思想戦略が絡み合い、それは大きなうねりとなってアデムメデスの経済を活性化させていた。
あらゆるメディアで料理関連の広告が増えている。調理器具メーカーがスタンダードな包丁や鍋を売ろうとすれば、家電メーカーが最新のオールマイティスライサーやオールマイティーレンジの販売に力を入れ、危機感を抱いた外食業界が客足を引き止めようとあの手この手を講じる一方、食品メーカーはここぞとばかりにスケジュールを前倒ししてまで新商品を大量投入して大々的なキャンペーンを張る。
それは安定していた――逆の意味では停滞していたアデムメデスの食文化をも活性化させる一種歴史的なうねりでもあった。
「……本当に、お姫さんは凄まじい影響力を持っていますねぇ」
ハラキリはつぶやいた。彼の眼下にはぎっちり渋滞している車道と、みっちり人のごった返す歩道とがある。道の片側には雑居ビルの立ち並ぶ繁華街があり、その反対側には車と人の海とは打って変わって広々とした緑地帯があった。
「ニトロガ、ジャネェノカ?」
そう問いを発したのは彼の乗る
「コノブームハ、ニトロガキッカケダロウ?」
「しかしそのキッカケ自体、本質はあくまで『麗しい姫君』のため」
「――ナルホドナ」
ゆっくりと降下する車の窓の正面に屋外広告がせり上がってきた。雑居ビルの壁面に張り付けられた巨大な
「サテサテ、ドコマデ大キクナルコトカネェ」
面白そうに、韋駄天が言った。
ハラキリは小さく口の端を持ち上げる。
「それは拙者も楽しみではあるけどね」
車が止まった。
ハラキリの座る運転席のドアが開く。
「イツデモ逃ゲラレルヨウ、エンジンヲ温メテオクゼ」
まるでニヤリと笑っているような声だった。ハラキリは小さく笑い、そのまま車を出た。