予報通り、
しかし、ニトロが昼から居座る地下室には雨音はなく、涼気も機械の力で快適に整えられていた。
この室はヨジョーハンと言ったか、チャシツと言ったか、どちらだったか忘れたが、とにかく簡素で狭い部屋だ。ゴザなる草で編まれた布――セスカニアン
今まで見ていた番組が流行のスイーツ特集を始めたところで、即座にチャンネルを変える。
すると画面にロディアーナ宮殿を背景にして立つ女性リポーターが現れた。
彼女の言葉によると
実際にカメラがその青い輝きを
次にリポーターとスタジオの間で交わされる会話と共に、南大陸で行われたアデムメデス国教の叙任式から昼過ぎに戻ってきた王・王妃夫妻がロディアーナ宮殿にてミリュウ姫の出迎えを受ける様子が紹介され、ややあって、中央大陸北東部に位置するグイネヴァ領領都から急ぎ帰ってきた第一王位継承者がロディアーナ宮殿に入っていく様子が続けて映し出された。
ファンサービスのように角度をつけた
「……ヴィタさんが、どこにもいない」
話題が振れたのを幸いに、レポーターから主役の座を取り戻したキャスターがグイネヴァ領で行われた結婚式の模様を伝え出している。領主の娘と二十一歳年齢の離れた一般男性との結婚は諸々の事情により話題を集めており、そこにさらに話題を集める第一王位継承者が主賓としてやってきたものだから、式はほとんど領都を上げての一大セレモニーとして執り行われていた。まさにお祭騒ぎである。諸々の事情を抱えた新郎新婦は楽しげで、それを見守る眼差しも千差万別バラエティに富んでいる。――しかし、そういった“見もの”を好む麗人がどこにもいない。画面を見つめるニトロの目は、さらに厳しさを増していく。
「そんなに警戒することはないと思いますよ」
「昨日の今日だから警戒せずにはいられないさ」
番組が
「気持ちは解りますが、無闇にストレスを高めるのは心身に良くありません。リラックスできる時はそうしてください」
「それでもなあ」
「でないと、またノイローゼと仮契約の握手をすることになりますよ?」
「ぅ」
痛いところを突かれて渋面を刻むニトロへ小さな笑みを見せ、ハラキリは運んできた大盆をチャブダイの上に置いた。中ぶりの陶器製の鍋と白い食材の載る皿、それと小皿や
「ヴィタさんの動きがないのは確かに気になりますが、しかし警戒すべきものとまでは思いません」
クッキングヒーターの上に鍋を置き、ハラキリが言った。
「その心は?」
ニトロが問う。ハラキリはヒーターのスイッチを入れながら、
「合理的に考えて」
「合理的?」
「拙者も昨日はしてやられましたから偉そうなことを言えませんけどね? ですがこの時間になっても『別働隊』の気配もない。そして今から『別働隊』が動いたところで君を弟様の誕生日会に間に合うよう宮殿に連れて行く時間はありません。なぜなら副王都までの距離以上に、君をここから地上へ引き出すまでに――それも上を焦土と化す覚悟があればの話ですが――時間がかかりますからね」
ハラキリが手を振ると、消えていた宙映画面がもう一度現れ、そこに正座して微動だにしないアンドロイドが二体浮かび上がる。どちらも白装束であり、袖をタスキで留め、片手には三日月形の刃をした
それを確認させた後、ハラキリはひらりと片手を振って宙映画面を消し、
「もちろん、お
その物言いに、ニトロは小さく吹き出した。張り詰めていた肩もストンと落ちる。ハラキリは微笑み、
「さて、食事にしましょうか」
ニトロは友人の手元に和らいだ目を落とし、ふと眉根をひそめた。
「もしかして、
「ユドーフと言います」
「……」
「ああ、大丈夫ですよ。前の『カボチャ料理』みたいな実験的なものではありません。ずっと前からの母の気に入りですので、ご安心を」
「いや、なんていうか……けどあのカボチャは悪くなかったよ?」
「しかしお
「……。
で。
自信があるみたいだから安心しておくけどさ」
と、ニトロは食材の載った大皿に目をやり、
「今のところ目につくのは
「当たりです」
「当たった」
嬉しそうに笑うニトロへ感心したような一瞥を送ったハラキリは、客と同じく食材に目をやり、
「トウトウ豆、白カラス豆、大豆――と三大
「え、それだけ?」
「
と、ハラキリは口角を引き上げる。ニトロはうなずきつつも、ふと不安が首をもたげた様子で、
「でも、美味しいのか? いや、豆腐が不味いってんじゃなくてさ、それだけだと淡白すぎない?」
アデムメデスでは、豆腐は他の食材と共に調理するのがもっぱらだ。ベジタリアンが肉の代わりにステーキや串焼きにするとは聞くが、逆に言うとそれ以外に単独で食べることは少ない。
ハラキリはニトロの反応を楽しんでいるように口元に笑みを浮かべ、
「それがなかなか乙なんです。母は、特に冬、これで燗にした
「ハラキリも?」
「『ドラゴロ』というのが
ニトロは苦笑した。これは完璧に、飲み慣れている。
「本当に同い年か?」
「ひとまず」
「ひとまず、ね」
「ええ、で、ひとまず、こちらを」
「?」