ティディアは満足だった。
 昨夕までは諦めていたのに、王都に半世紀ぶりに訪れた猛暑の晩にニトロと思い出を作ることができた。
『グッドナイトサマー・フェスティバル』会場の外に作られた特別席では、祭の明かりのおこぼれをもらいながら、最愛の“相方”と、曲者ながらやはり頼りになる友達と、『ミートパーティー』の食事を楽しむことができた。
 執事が前もってリサーチしていた肉料理はこういう場所の屋台で出されるものとしては最高レベルで、心だけでなく舌も満足させてくれた。
 騒ぎを聞きつけた次野馬じゃまの殺到によって一時間弱で公園を去らなくてはならなかったことは残念極まりないが、まあ、その点は予想がついていたことだし、何より次から次へと皿の空くことなく提供される肉料理を満腹になるまで堪能するには一時間もあれば十分だ。執事は名残惜しそうであったが、切り上げる頃には初めは不満に固まっていたニトロの顔も食の幸福によって和らいでいた。その顔が見られて、嬉しかった。
 未だにしんしんと痛む背中には彼の手の形が情熱的に残っていて、先ほど執事に撮らせた写真は芸術であるとさえ思えてならない。これは良い思い出の品となろう。
 嗚呼、ティディアは至極満足だった。
 しかもそれらの幸運は、今回に限っては全て副次的な産物、言い換えれば、常ならば最大の目的として画策する事の全てが『もののついで』に得られたのだから。
「ニトロが『爆発』しちゃったのは予想外だったけど、デモの効果は上々ね」
 城に向かう車の中、報告書を一読し終えたティディアはにっこりと笑った。そこには様々なデータと共に『先進技術推進会議』の議事録があり、代理として出席させた部下の仕事振りが詳細に綴られている。彼は非常に巧く会議を回していた。出席者の中には大工に代わって釘を打ちたがる手合いもいたのだが、それらがデモンストレーションに見事に堪えた新技術に対して声高な主張を始めた時も、冷静に、しかし謙譲の姿勢を崩さず全ては“こちらの手の中”のまま進められるよう場をコントロールして切り抜けていた。
「良材も追認できた。件のチームのリーダーは彼でいくわ」
 その言葉にヴィタが首肯し、すぐに手配する。
「……でも」
 と、執事が仕事を終えるのを待って、ティディアはどこか物憂げな様子で言った。
「ニトロが予想外にも『爆発』したのは、結果的には良かったのかもしれないわねー」
「はい」
 ヴィタは、少し真剣な面持ちでうなずく。
 ティディアは小さく息をつく。
 計画上、人工霊銀A.ミスリルを用いた新システムのデモに対して彼の『馬鹿力』は余計な横槍に過ぎなかったし、お陰で最後の『ショー』に組み込まれていたその他の極めて重要な試験に関しては実行すら危うくなってしまったものだが……
「あんな面白歩行をするくらいの筋肉痛でもああなるんじゃ、軽い筋弛緩剤を使ったくらいじゃ危ないかもしれないわ」
「はい」
 ヴィタは、至極真剣な面持ちでうなずいた。
 ティディアは物憂げな唇を引き締めると、どうにも攻略の糸口を掴めない現象から意識を転じ、今一度報告書を眺めた。
 すると、ティディアの胸に嘆息がこぼれた。
 今改めて思えば――そう、改めて思えばこれもまさに幸運だった。確かに今回は『ニトロの馬鹿力』はいつもとは別の意味で避けたいものであったし、それをほぼ確信的に期待してもいたのだが、結果から見ると彼に意表を突かれたことで自分を襲った心の乱れが『人工霊銀A.ミスリルシステム』へ良いデータを提供したことも否めない。いや、むしろ、そういった不測の事態に関わるデータこそ貴重だろう。その上で、最後の『ショー』も友達の気まぐれのお陰で成功させられることができたのだから、この結果以上に望むものなどありようもない。
 そう、『先進技術推進会議』に“成功”を誇示するついでに、これで弟への誕生日プレゼントがより完璧な物となった
(本当に)
 弟に頼まれていた諸々の“実地試験”を彼の誕生日前に行う機会が訪れくれて良かった! それもその機会は――(それによる『馬鹿力』不発という予測は覆されたとはいえ)『ニトロの重度の筋肉痛』というまたとない絶好機に、しかも他でもない今日のこの日に獲物ニトロ自身が地形的にもフェスティバルという条件的にも“仕込みやすい”場所へ赴くという絶好機までをも加えて与えてくれたのだから、流石の『クレイジー・プリンセス』にしたところでこんなにも幸運の重なることがあるものか、と未だに信じられない思いがよぎるほどである。
「そうだ」
 ふと思いつき、ティディアはヴィタに言った。
「ヴィタ、今日は徹夜するわよ。付き合いなさい」
「かしこまりました――が、何を?」
「編集作業」
 その一言で理解し、ヴィタは張り切ってうなずく。
「傑作にいたしましょう」
「それから、明日はついてこなくていいから」
「もちろんです、そんなことより直前まで力を尽くさせていただきます」
 にっこり笑って力強く宣言するヴィタの様子に、ティディアは微笑んだ。
「ええ、よろしく」
 関心を寄せる範囲の狭い弟ではあるが、ひょっとしたらあの『劇』には興味を覚えてくれるかもしれない――そう思えばこそ、姉は言う。
「パティも、きっと喜んでくれるわ」



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