先手を取ったのは芍薬だった。“勝負”の掛け声と共に、芍薬を中心に左右に展開していた四体の芍薬人形が一斉にシュリケンを乱れ撃った。標的は撫子の周囲。まさに花吹雪のごとく、芍薬へ向けて襲いかからんとする“百花”である。
 その花は、9割がただの“デコイ”だ。触れても電撃を発しはしない。しかし付与されている属性が厄介で、それは撫子が『花の蜜』と呼ぶ効果を発揮する。その花びら一枚にでも貼りつかれれば、次に撫子が放ってくるであろう大量の蜂に襲われることになるのだ。その蜂自体は脆く、攻撃力もさほどない。とはいえ情報量が軽いためにコンピューターへの負担も軽く空を覆う雲霞のごとく数を放てて、それ故に一度群の中に巻き込まれると抜け出せず、適切に反撃できなければ、まるで自己を形成する構成プログラムを一文字ずつ削られていくように“衰弱死”させられることになる。また、蜂を群ごと消し去れるような広範囲に及ぶ『技』を持っていたとしても、蜂は『蜜』を目指しながら撫子が寝ていても自動追尾してくる。乱数も混ぜられた行動パターンに従う蜂の一匹一匹を捉えることはなかなかに難しく、それに手間取れば、次の瞬間には蜂に注意を奪われている隙に接近してきた撫子に一撃をもらって昏倒することとなろう。
 そして花の残りの1割は、電撃、爆発、氷結、毒ガスなど、様々な効果を発揮する『爆弾』だ。一見したところでは前者の9割と同じ物。されど何かに触れれば即座に正体を現し作動する。威力はメルトンが身を以って証明した通りで、これに『蜂』まで併せられれば最悪以外の何物でもない。
 ――撫子は『戦い』の初めには必ずこの花を散らす。
 既知の相手に対しては、肩慣らしのためのルーチンワークとして。
 未知の相手に対しては、無数の花に対し相手がどう対処するか――それを見て相手の力量を測るため。花に構わず突っ込んでくるか否か、その場合は蜂へどう対処するか。それとも慎重に花の特性を分析するか、分析するとしたら結論までにどれほどの時間を要するか、また分析しきるか否か。爆発に耐えられるか否か。それとも爆発をさせずに潰してくるか、否か。そうやって相手の性格・性質・使用プログラムの種類等の情報を得て適切に対応するのだ。無論集団戦の場合は、その貴重な敵の情報を味方と随時共有して活かしていく。芍薬も『三人官女サポートA.I.』の一人として、そうやって撫子と情報を共有しながら何度も一緒に戦ってきた。
 それにしても『敵に回せば厄介』とはこのことだ。
 この百花繚乱の花吹雪……理屈も内容も単純な技ではあるが、初見で対処するには難しい技だと芍薬は思う。しかし、理屈も内容も良く知っていても厄介なこの技に対して芍薬が選んだ対処法も、至極単純であった。
 迎撃し、撃墜する。
 全て。
 無数にある花の全てを!
 芍薬人形は目にも止まらぬ疾さでシュリケンを投げ、同時に生成し、投げ続けている。二体に一つ割り当てているサブコンピューターは早くも処理限界の寸前である。が、芍薬はそれでも人形達に投げ続けさせた。
 そして人形に迎撃を任せている間、芍薬は撫子の動きを注視しながら次の手のためのプログラムを編み、時折シュリケンの弾幕を抜けて飛来してくる花を切り落としながらじっと機を窺っていた。
 所々で“爆発”が起こっている。
 黒煙を吐く火炎球。
 周囲の花も諸共粉々に砕く冷気。
 放電に咲く恐ろしくも美しい火花。
 その中を、次第に薄くなっていく花吹雪を纏いながら、一歩一歩、撫子が楚々として歩んでくる。裾を乱さず、長い袖を揺らすことなく、微笑みを湛えたまま。一歩、また一歩――と、その時、遠くで激しい爆音がした。
 爆発は、遠く遠く、避難させられているメルトンの側で起こっていた。炸裂する炎が空に無数の花を咲かせている。花が開いた後、一瞬の間を置いて爆音が主戦場へと届いてくる。その百を数えそうな爆音の連鎖は最早一つの轟音となって響いている。芍薬人形のシュリケンの嵐と恐ろしい牙を潜ませた花吹雪の間を縫って、いつの間にか、芍薬本人が爆弾つきのクナイを大量に遠擲えんてきしていたのだ。それを二体のイチマツ達が撃墜した。あのイチマツはただの回復専門というわけでなく、芍薬の人形達と同様、A.I.本人の攻撃を精密に射撃して落とせるほどに優秀なボディーガードでもあったのである。
 そして、その爆発は、この状況下でも『勝利』を得るために最善を尽くそうという芍薬の意思を表してもいた。
 イチマツ達が厄介なボディーガードであると証明したからには――また、撫子を無視して倒しにかかるにはリスクが高過ぎると判明したからには――やはり眼前の最大の障壁を排除することこそ最善であろう。が、それがまだ判明していない間は、やはりメルトンへの攻撃を試みるのが最善であったのである。
 それを理解している撫子は、芍薬を慈しむような目で眺め、微笑み、また一歩進んだ。花吹雪に対応して見せる芍薬の動向から先を考慮し、念のため、今のように隙をついて『マスター』を狩られないよう全身武装したイチマツを一体現し、急ぎメルトンの元へと向かわせる。と、その瞬間すきを狙っていたかのように、
「クノゥイチニンポー!」
 芍薬が叫ぶや、四体の芍薬人形が無数のシャクヤクの花びらへと変じながら撫子へと突撃した。
「まあ」
 予想外だったか、撫子がつぶやく。
 無数のシャクヤクの花びらは、撫子に向かいながら一枚一枚が巨大化していく。花吹雪ごと撫子を包み込むように!
 ――これに包まれるのは面白くなさそうだ。
 撫子はギリギリまで待って、上に跳ぼうとし
「ドトン!」
 がくん、と、撫子の体が揺れる。驚き、撫子は足元を見た。『得意技クノゥイチニンポー』の二段重ね、空中の花からではなく地中からの攻撃――それをより効果的にするための“叫ぶこと”でのフェイント!――
「ヂゴクハンミョウ!」
 撫子の足元には二体の小さな人形がいた。芍薬の合図に応じて、白い地面に穴を穿って突如飛び出してきた『オヒナサマ』と『オダイリサマ』――姿を潜めていた二体の戦雛の下半身はおどろおどろしくも虫のようになっていて、人形の腕はそれぞれ撫子の足首を砕かんばかりに抱え込み、また虫状の六本の足は撫子を地中へと引きずり込もうとしている。その凄まじい力に、撫子はその場に繋ぎ止められて動けない。
花トン!」
 さらに芍薬が叫ぶ! 瞬間、無数の巨大なシャクヤクの花びらが撫子へ向けて花吹雪を巻き込みながら集い、一輪の花となり、
「逆巻きの蕾!」
 すると一輪のシャクヤクの花が一気に蕾へと戻るように収縮し、花吹雪ごと撫子を巻き潰していく! 残っていた“爆弾”が花の包みの中で炸裂していた。その爆弾は味方メルトンも昏倒させたように無差別に攻撃する。創造主の撫子とて例外ではない。圧殺されながら、無数の爆発にも巻き込まれる撫子はひとたまりもないだろう!
 ――だが、芍薬はこんなことで撫子が倒れるわけがないと次の手に出た。唇を尖らせ、ふうと息を吹く。クノゥイチニンポー キリガァクレ……芍薬の唇の先から霧が広がって、周囲の『視覚情報しかい』を利かなくする。と、同時に――
「ッ!」
 芍薬は背後に振り返るや、センサーの役目を兼ねる霧を揺らがせ突進してきた撫子の、その上段から斜めに振り下ろされた長刀をカタナで受け止めた。
 重い。
 万全の体勢で受けたのに、芍薬の演算たいせいが崩れそうになる。
 二撃目はない。
 芍薬の眼前にあった長刀の刃はすっと霧の中に消えていく。
 と、
「ふっ」
 一つ、息を吹くような音が聞こえた。
 すると、芍薬の展開した霧が他者によって強制的に排除され、周囲は再び透き通った白い地平となる。
「驚きました」
 全くの無傷の撫子が、少し先にいた。
 一振りの長刀を両手で持ち、互いの刃が届かぬ距離を取り、芍薬を正面から見つめて佇む撫子に微笑みはない。が、その頬には代わりに感嘆の笑みがあった。その片足には、力任せに引き千切られた人形の腕が巻きついていた。
「ヂゴクハンミョウに逆巻きの蕾――初めて見る技ですね」
「そりゃあ色々学んでるからね」
 驚いたと言いつつ涼しい顔をしている撫子へ苦々しく言いながら、芍薬は逆手に握るカタナを鎖鎌へと変化させた。長刀とカタナでは分が悪い。過去の模擬戦で長刀相手に最も有効だったのは、近接武器として鎌を、遠距離攻撃用として長刀よりもリーチを取れ、かつ相手(あるいは武器)に絡みつかせられる鎖分銅を併用できるこの武器だった。が、
「そこで過去に頼ってどうします」

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