……さて、『余興』だけで話を終えるわけにはいかない。
 そう思ってそこから目を離してみれば、当然、大きな話題を集めるのは彼である。
 パトネト・フォン・アデムメデス・ロディアーナ。
 主役の実弟にして、才能ある第三王位継承者。
 少し背伸びをするように燕尾服を着た、その愛らしい姿。
 余興に関しては『秘蔵っ子様』の名に恥じぬ卓越した才能を示し……何よりニトロ・ポルカトとのまるで本物の兄弟のように仲の良い、その微笑ましい御姿!
 パトネト王子に関して耳目を集める場面はいくつもあれど、中でも、日を跨ぐ『愛のワルツ』を踊り終えた姉と『兄』の元に彼が駆け寄った場面は――美少女より美少女らしい可憐な王子が、蠱惑の美女と温和なれども精悍さを秘める『英雄』に笑顔で迎えられるその場面は、何度見ても感嘆を呼ぶベストシーンの一つとして数えられている。
 さらに、王家広報のプレスリリース版、一般公開版の二つは相互に補完し合う作りともなっていて、その差異を検証するだけでも相応の時間を楽しめた。
 だが、楽しみはそれだけでは終わらない。
 まだまだ楽しみを広げる手段もある。
 忘れてはならないのは、王家広報からの情報だけが全てではないこと。そう、さらなる情報をもたらしてくれる『招待客』の存在である!
 300人の招待客。一人一人がその場における感想を持っている。
 似たような感想ももちろんあるが、全く違う感想ももちろんある。
 それから……王家広報の伝える内容にはない情報も、たくさんある。
 その代表的なものの一つが、パトネト王子とニトロ・ポルカトがいかようにしてロザ宮に現れたか――という点であった。ロディアーナ宮殿中庭を通り、ロザ宮の薔薇園を抜けてきた二人の姿を伝える映像は、写真一枚とてない。となれば代わりにその“映像”を描くのは、古来よりのメディア、人の口であった。特にとある男爵夫人は語り部として非常に優秀であり、スポットライトを浴びる彼女の唇は、さながら吟遊詩人のごとく輝かんばかりの語彙に飾られた英雄譚を恍惚として紡ぎ出した。……そう、『英雄譚』である。パトネト王子とニトロ・ポルカトの、たかだかロディアーナ宮殿からロザ宮までの道中が――男爵夫人の目撃したのはそれよりも短いたかだかロザ宮薔薇園に入ってからのものでしかないにも関わらず!――それは見事なまでの『英雄譚』とされてしまったのである! そうしてそれは今や公然たる『事実』としてアデムメデス中に共有されている。
 他にもアンセニオン・レッカードやライリントン議員のような著名人もカメラの前で大いに語り、自ら報道関係者へ売り込む招待客らは目立ちたい意識も手伝ってか話を誇張して聴衆を煽り、他方、自ら売り込まずとも殺到してくる取材陣に戸惑う招待客らは素朴に語り続けている。それらの証言は映像メディアでも重宝されているが、特により活字メディアで重宝される傾向があり、自然、最近の出版売り上げランキングは『ティディア姫のお誕生日会』に関連する書籍によってベスト30まで占領される事態となっていた。中でも目を引くのは、王家広報が王女の誕生日会の情報を公開した翌日に販売された各出版社の『お誕生日会特集誌』であった。それらは購入者に対してこれまで連日新たな追加記事を届けている。
 今日もまた、新たな証言が取り上げられていた。その証言は、特定の人間達に非常に大きな衝撃を与えていた。熱狂的な『ティディア・マニア』で知られたその伯爵は、己が負けた瞬間の映像を、まるで現王に負けたかのような口振りで語っていたのである。
 では、その伯爵を負かした彼はどのように語っているか。
 ……それは、誰も知らない。
 何故なら、この件において、ニトロ・ポルカトへの取材はほとんど行われていないために。
 もちろんニトロ・ポルカトへの取材は皆無というわけではない。だが、それにしても他への取材を嵐とするなら、彼への取材は降っているのか判らぬ程度の小雨である。彼については『受験勉強の邪魔をするな』という王女の厳しい取材制限があるとはいえ、それにしても信じられぬほどの静けさであった。
 では、何故、ニトロ・ポルカトには取材が殺到しないのか。
 その答えは……何のことはない、取材の必要がないためである。
 ニトロ・ポルカト――ティディア姫の恋人――英雄――次代の王。
 今更彼が語らずとも物語は進むのだ
 特に今回の件に限っては、彼に語られない方がむしろ美しい。
 アデムメデスに輝かしい黄金期を打ち立てるであろう次代の女王の誕生日会。後世、伝説になるであろうその舞台は、もはやファンタジーである。主役の姫君とその恋人は伝説の中に据え置いておいて構わない。彼女と彼が語れば“ファンタジー”の領域が“現実”に削られてしまうから。彼女と彼に語られないことで、現代の人間である我々も、後世伝説となっているであろうそのファンタジーを、現代にありながらあたかも後世の人間として聞いているかのように錯覚できるから。さすればファンタジーと錯覚の中に燦然と煌く彼女と彼の名は!――誰かが会について何か一つ語る度に、人心の中へ、くにの中心へと、その存在感の重きを増していく。
 そうして誕生日会の成功が語られるに比例して、ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナという希代の王女の輝きが増していく。
 そうして蠱惑の美女の輝きが増していくにつれ、同時に彼女をより美しく、また善く輝かせる『ニトロ・ポルカト』という得難くも有難い存在への重みも弥増いやましていく。
 彼の語る必要はない。
 王女も語る必要はない。
 解っている。語られずとも、その愛の深さは解っているのです。
 だから、その愛を礎として。
 聡明なるお美しいティディア様、我々の太陽となられる御方、我々の目に映るアデムメデスの未来は世の他のどの星よりも明るい。
 そして、我々の目は見るのです。
 ティディア様、貴女様の傍らには貴女様を善く支え、妹姫を救い立ち直らせ、もう一つのアデムメデスの太陽をも影の中から引き上げる御方、勇敢にして優しき王様がいる。
 おお、アデムメデスの輝かしい未来は神に約束されている!
 ――それは、王女が嫌ったような“安易な依存”ではなく、ただひたすらに“明確な確信”としてアデムメデスに浸透していた。
 なればこそ、特別取材を集めず、特別大いに語らずとも、『ニトロ・ポルカト』……その名は、彼が今後どうなろうとも、国に多大なる影響を与えた人物として歴史に刻まれるであろうことを皆に確信させていたのである――


「ッ……ソレガトッテモ悔シインダヨーーー!!」

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