大きな感動がロザ宮を揺らしていた。
 ニトロとティディアの繰り出した奇襲、その連携の美しさ。王女は天才の誉れに相応しい体操作を披露し、その天才に舞台上でパイルドライバーをかましたこともある『相方』は彼らしい豪快な技を披露し、何よりも、次代の君主夫婦様の実に息の合った共同作業!
 一騎打ちの末に老剣士フルセルが敗れた後、観客達は、正直、優勝はグラム・バードン公ではないのかと思い込んでいた。いかにティディア姫が天才剣士であるとしても、明らかに一人突出したこの達人に、その弟子である彼女が勝つのは難しいのではないのか、と。
 しかし、あるいは無敵にも思えるこの壁を、王女とその恋人は共に見事に乗り越えてみせたのである。
 退場するグラム・バードン公を拍手が迎えている。
 それと同じくして、試合場に残る二人にも惜しみない賞賛が送られている。
 ニトロ・ポルカトの名声は、またも高まっていた。既に討ち取った星の数は彼が首位で確定している。この余興を『余興』足らしめながらも要所要所ではその実力をいかんなく発揮した『英雄』。世間の一部では、あの『劣り姫の変』はニトロ・ポルカトを持ち上げるためのヤラセだったのではないか――そんな口さがない噂も流れていたものの、この場にいる人間はそれを断じて否定するだろう。ニトロ・ポルカトは、真に強い、と。
 そして、これから始まるのは、『運命の一戦』。
 結果的に王女ティディアとニトロ・ポルカトが残ったことも、“結果的”であるからこそ運命を感じさせる。
 否が応にも期待は高まっていた。
 しかし、期待感が『運命の一戦』に向けて昂ぶる一方、矛盾しているようではあるが、観客達は“一戦”に対する緊張感というものをどこにも持ち合わせていなかった。
 人数が二人となったこともあり、青いレーザーで仕切りを作る従僕アンドロイド達が試合場をやや狭めていく。それを機に、決勝戦がもっと見えやすくなるよう譲り合いながら列を整えていく観客達には歓談の笑顔すら戻っている。
 ここに至って皆が皆、安堵感を得ていたのである。
 ある種の予定調和。
 この『運命の一戦』においては、王女と英雄の一騎打ちへの期待とはまた別の期待感が観客達の心に入り込んでいて、そして、むしろその別の期待感こそが皆の心に勝っているのだ。観客達の目は、既に極めて近い未来に向けられている。皆が見ているのはもはや戦いの後。皆の心を掻き立てるのは、その時訪れるであろう『栄光なる運命』への大きな期待であった!
 思えばティディア姫は言っていた――「優勝者は決まっている」
 それに対してニトロ・ポルカトは言った――「それは、お前のことだろう?」――さらに彼は暴いた――「それはお前が最大の障壁として立つということだろう?」
 それら一連の言葉は、例え一方では確かな事実だとしても、もう一方ではとんでもない『賞品』を用意した王女が、その賞品のかかるとんでもない『余興』に我々を安心して参加させ、見物できるように計らった言葉でもある。
 そうして今、王女は宣言通りに最大の障壁としてニトロ・ポルカトの前に立っている。
 これからその挑戦を受けようと、彼を待っている。
 これから……これから、また素晴らしい戦いが見られるのだろうか?
 それは楽しみである。
 しかし――と、そう『しかし』と、既に“一戦”を飛び越え『運命』に心引かれている者は皆思う。
 しかし、そうは言っても、果たして全てが王女の言葉通りになるものだろうか。決勝戦がこの二人になった以上――『優勝者は決まっている』――それはやはりニトロ・ポルカトのことではないのだろうか。もしそうだとしたら? それについて文句を言う者はこの場にはいない。何故なら、ニトロ・ポルカトは、間違いなく実力でここまで辿り着いた。彼が決勝まで残ったことを『出来レース』だとは誰も露とも思わない。あえて言うならそれはやはり『運命』なのだ。優勝者は決まっている?――その通り! 王女よ、希代なる貴女様が決める前に神の手によって決められていたのです!――そしてニトロ・ポルカトは、おお、運命の定めた座を今改めて勝ち取ってみせた
 であれば。
 王女は既に満足しているのではないか? これ以上彼の望みを邪魔する意味があろうか? ないはずだ。姫君は愛を持って御前に現れた英雄を喜び迎えるはずだ。もう、ティディア様が障壁として立ちはだかる必要などどこにもない。幸せな結末しかないのだ。後は美しい姫君が恋人の愛を受け入れるだけではないか。
 であれば!
 きっと、姫様は恋人に勝利を譲られることだろう!
 そしてきっと、今日のこの良き日に、我々は歴史に名を残す『プロポーズ』の証人となるのだ――
 ……そのような期待のために、ほとんどの人間は試合場をもはや穏やかに見守り、胸をときめかせていたのである。

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