(よし!)
ハラキリは内心で喝采を上げた。
彼は、グラム・バードンとフルセルとの一騎打ちを見て、やはり公爵を自分の手で仕留めるのは不可能だと判断していた。“実戦”ならば剣をこの身で受け止め相打ちに引きずり込むこともできようが、この余興のルールではそれはできない。奇襲もよほどの奇襲でなければ通用しないだろう。だが、この隠れ場所もない“戦場”でできる奇襲など数が知れている。
では、どうするのが最善であろうか。
妹姫の願い通り、親友と友達の『一対一』を実現させるには?
ハラキリの結論は『ある段階でニトロとティディアを共闘させる』ことであった。
グラム・バードンに地力で勝つ可能性があるのは――あの老剣士が敗れた以上――やはりティディアだけである。とはいえ、それも“確実”には程遠い。彼女の覚悟を加味しても、良くて六分四分で彼女の不利だろう。ニトロであれば? ゼロだ。いくら実戦に強く、時にとんでもない力を発揮する彼であっても、『師匠』として断言する。ゼロだ。
しかし、あの二人が協力するならば勝率は格段に跳ね上がる。ニトロは前面に出なくていい。前衛はティディアに任せ切っていい。彼は天才のフォローに回るだけでいいし、それこそをすればいいのだ。公爵を挟み込み、この怪物を王女にだけ集中できなくさせればそれだけで“確実”に手が届く。何より、そうなれば、公爵はきっと驚くことになるだろう。ニトロとティディアは相性がいい。ニトロに言えばひどく嫌がられるだろうが、二人の『コンビ芸』は何だかんだで最高なのだ。それがいかんなく発揮されたなら、もしかしたら、ティディアではなくニトロが公爵へ大きな一撃を食らわしてやることだってあるかもしれない!
――だが、ハラキリには、二人を『共闘』させるに当たって障壁が二つあった。
一つは、愛弟子の『つまらぬ意地』である。宿敵と手を組むことが最良の手であることは彼も解るだろうが、それでも彼が“宿敵である彼女”に自ら協力を申し込むことはないであろうということだ。
もう一つは、ティディアもが『共闘』を拒否する可能性であった。そして、ハラキリにとってはこちらこそが問題であった。何しろ、ニトロのつまらぬ意地に比べ、こちらには『強固な意志』があったのだから。
ハラキリがティディアから剣を賜った時のことである。
彼女はこう言ってきた――「一体、どの天使が貴方に助言したの?」――それは気まぐれな人間に対する、アデムメデスの昔ながらの言い回しだった。そのセリフをそのまま受け止めれば、ハラキリの場合、模範解答は戦いか遊興に通じる守護天使の名を挙げるところであろう。が、アデムメデス国教では、王の子女は『天使の代行者にして依代』とされる。彼女の言葉は、もちろん“ミリュウとパトネト、どちらに頼まれたのか?”という質問だった。
そこでハラキリは質問には答えず、こう返した――「もしかしたら『ティディア&ニトロ』の相手ができるかもしれないでしょう? 実に興味深い経験です。だから、この機を逃すことが急に惜しくなったんですよ」――それは無論ただの戯れ言。しかし思わぬ反応があった。彼女が、少し困ったような顔をしたのだ。それは“ニトロと組むことはない”――と、そう言っているようだった。興味を引かれ「どうしました?」と聞くと「機会はいくらでもあるわ。『漫才』の舞台に飛び入りなさい。ピンとコンビでお笑い対決をしましょう」とはぐらし返されるだけ。
それでも、彼女の表情は重要なヒントをハラキリへ下賜してくれた。
ミリュウ姫は言っていた――『愛が大事なのです』と。
そしてティディアは……思えば、彼女は、『勝ち取る』という言葉を要点に置いていた。
――『私からそれを勝ち取った者ならば、ニトロ・ポルカトでなくても、私は愛するでしょう』
そこまで言い切るほどに、重きを置いていた。
愛を大事にした上で、妹は『最後はニトロとティディアの一対一』が理想的であると言うのに、姉はニトロと組むことを望まず、そして、『勝ち取れ』というキーフレーズ。
ここまでくれば、ハラキリには自ずとティディアの『目的』が見えた。
思い出すのは『シゼモ』である。
そうなれば、ティディアの覚悟、彼女があれだけのリスクを抱えたことについてもハラキリには納得できた。確かにその『目的』へ最大の効果を望むなら、少なくとも彼女がニトロを贔屓にすることは禁忌だろう。最終決戦が『王女と英雄の一騎打ち』になることは別にいい。しかし、例えその“予定調和”が皆に歓迎されるものであったとしても、それは結果としての“予定調和”にしなくてはならない。それは、困難の末に彼と彼女が実力で『勝ち取った』状況でなければならないのだ。
となると――ハラキリは確信した――やはり簡単には『ニトロとティディアの共闘』を成立させることはできない。同時に自分と彼女の共闘、という選択肢もなくなった。自分と彼女が共闘してニトロを生き残らせるというのは、あまりに出来レースである。
しかし、だとしても、二人を可能な限り確実に生き残らせるには二人を共闘させるしかないのだ!
では、どうする? ティディアの抱える厄介な諸条件をクリアしつつ、二人が心に築いている障壁を同時に破壊する手はないか?
……一つ、あった。
時期的には決勝戦手前――ニトロが自力で最終段階まで生き残った後――しかも残る相手が圧倒的実力者グラム・バードンであること――それなら公爵の“弟子”であるティディアがニトロと組んでも贔屓にはならない――その状況下で、二人の『義理人情』をくすぐることである。
自分が二人のために汚れ役を買って出たら、さて、二人はどう出るだろう?
ニトロは意気に感じてくれるだろう。
ティディアは――これでも正直、賭けだ。しかし、友達として信じる!