「いざ!」
 ティディアに対し伯爵が激しく打ち込む。一度、二度、三度。成人男性の渾身の斬りつけを、しかし王女は難なく防ぐ。四度目には、誰もが目を疑ったのだが、それでも優位に打ち込んでいたはずの伯爵が大きくバランスを崩していた。剣がぶつかり合った際にほんのわずかに前進する動きで、力に劣る王女が力に勝る伯爵を押し返していたのである。まるで子ども扱い。攻めていたはずなのに攻め込まれてしまった伯爵はたたらを踏みそうになったが、即座に体勢を立て直すと、面前に迫っていた王女の突きをこちらもわずかなバックステップでかわしきった。そして、直後、低く深く体を沈め踏み込むや王女の突きの引き際に必殺の突きを合わせる!
 素早かった。これまでの展開で、様々な人間の剣の腕を見てきた観客達が改めて息を飲む速度であった。しかしティディアは――伯爵の渾身の攻撃に対し、その時、驚くべきことに間合いを詰めていっていた! 迫る剣を紙一重でかわして、彼女は伯爵の懐に、それこそ抱き締められるほどに一瞬で入り込んでいたのである。
 両者の動きが止まった時、王女の剣が、伯爵の首筋に添えられていた。
 その刃は未だ伯爵に触れてはいない。
 しかし、勝負は決した。
 伯爵は潔く負けを認め、剣を収めて跪く。
 すると王女は微笑み、その剣を伯爵の首にではなく、まるで叙勲式のように肩へと静かに触れさせた。
「いざ!」
 他方、伯爵がティディアに敢然と斬りかかると同時に、ハラキリに対してグラム・バードンが轟然と斬りかかっていた。
 誰もが目を見開いていた。先ほどまで姑息な戦法を取り続けていたハラキリ・ジジ。公爵の隙を突いた初撃は確かに見事ではあったが、それに対する驚愕すら今は霞む。彼は親衛隊隊長が嵐のように打ち下ろしてくる剣を的確に、素人目にも達者な巧みな剣の使い方で受け続けている!
 勝負は、決さない。
 ハラキリは、公爵の猛攻の中、受けから転じてふいに鋭く突きを放った。それは彼の年代から考えれば信じられないほど修練度の高い突きであった。が、公爵はそれを己の弟子と同じく紙一重でかわし、やはり――奇しくも――弟子と同じくハラキリの懐に入ると同時に彼の首に剣を押し当てるようにする。実戦では刃を当てた後に引くことで喉を切るのだが、この余興のルールでは触れた時点で敗北だ。ハラキリはそれを避けるべく巧みに体を捌き、公爵の刃と己の首との間に強引に剣を差し込み鍔迫り合いに持ち込んだ――が、いくらなんでも体格差がありすぎる。公爵が気合を込めて体を当てていく、と、ハラキリが派手に吹き飛んだ……いや、ハラキリは自ら後方に跳んでいた。
 そこに、さらに公爵が追撃を加えようと接近する。
 誰もがハラキリ・ジジは逃げるだろうと思った。
 公爵との腕の差がはっきりした今、再び、先と同じように中途半端で姑息な戦法に――違う、彼の実力が判明したからには『したたかな戦法』に切り替えるだろうと思い込んでいた。
 だが、ハラキリは、今度は堂々と受けて立つ。
 一度目よりも激しさを増した公爵の連撃へ、ハラキリは一度目より激しく打ち返す!
 大きな驚きが再び沸き起こった。
『のらりくらりとグラム・バートンから着かず離れず、戦いもしなければ逃れもしない』でいた先ほどと同様の的確さで――フルセルの戦いから学び取った“自分の腕でも公爵と戦える”間合いを保ちながら、ハラキリは達人たる親衛隊隊長と正面から立派に相対していたのである。
 驚きの声を発した後は、誰もがまばたきを忘れた。
 激しくぶつかり合う剣戟の轟音。
 ハラキリは深く半身に構えて左手を後ろに、右手で剣を操り、まさに正統派の宮廷剣術のビィオのスタイルで、器用にも時に左手に剣を持ち替え、かと思えばとヴォンへと構えを自在に切り替え、そのいずれにおいてもオーソドックスな動きからトリッキーな動きまで剣筋の種類も豊富に、目まぐるしく、老剣士フルセルとはまた違う熾烈な一騎打ちを演じていた。
 そしてフルセルに技術は負けても力に勝るハラキリの剣は、公爵の豪剣と何度も何度も火花を散らす。
 まさに火花の散る斬り合いであった!
「やはり! やるではないか!」
 グラム・バードンがこの上なく楽しげに叫ぶ。
 が、ハラキリには叫び返す暇などなかった。そんなことに割り当てられる余裕はない。わずかにも集中力を欠けば即座に敗北するだろう。彼は半ば呼吸すら止めて打ち合っていた。公爵は、やはり上段からの斬りつけを主にしてくる。だが、解っていてもそれを凌ぎ切るのは極めて困難であった。
 と、公爵が急に突きを放ってきた。
 リズムが狂い、ハラキリは危うく剣の切っ先を喉に受けるところだったが、辛うじて剣の腹で軌道を逸らし、そのまま剣先を相手の指に向けてスライドさせた。
 こしゃくな、とばかりにグラム・バードンがハラキリ・ジジとの戦いにおいて初めて大きく退避した
 どよめきにも似た歓声が上がった。
 それはあまりに信じられない光景であったため、ハラキリ・ジジの勝機にも思われた。
 しかしハラキリは攻め込まない。誘いには応じず、その隙に、ようやく満足な呼吸を取り戻しながら後方に跳び、彼は間合いを広げながら周囲の状況を確認した。
 グラム・バードンが即座に反応し、ハラキリを休ませないとばかりに追ってくる。
 打ち合い、またハラキリが後方へ跳ぶ。今度は押し負けてのものであった。
 それを機に、ハラキリは完全に劣勢に立った。後先を考えずに無呼吸で全力を尽くしていたため、早々に息が荒くなっている。休むための隙間を公爵が的確に潰してくるため、いくら弟子以上のスタミナを持っていてもこの短時間においては意味がない。彼の体力は見る間に削られていた。
 ハラキリはどんどん後方へ跳ぶ。
 公爵はぐんぐん追う。
 ハラキリの視界にニトロが入った。公爵の背後で、親友はティディアと共に他の参加者を一掃していた。
 ――最高だった

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