気がつけば。
 パトネトの頭上の大宙映画面エア・モニターに表示されている余興ゲームの成績表で、トップスコアを叩き出している人物の名は『ニトロ・ポルカト』となっていた。
 撃退数2人の同率四位以下は団子状態。
 三位はグラム・バードンの8人。
 二位はティディアの12人。
 ニトロは、王女を五つ上回って17人であった。
 参加者のうち、半数以上がこの三人に負けた計算となる。
 最初の突進で7人を倒し、次いで老剣士を激闘の末に下した公爵。
 常に一対一で戦い続け、勝ち続けている王女。
 この二人の星は実力で真正面から勝ち取ったものであるが、一方、ニトロは最初のシァズ・メイロン以降はほぼ『どさくさ紛れ』の形で星を得ていた。
 詳細はこうである。
 ニトロは、例えば自分に襲い掛かってくる二人がいたら、一人を壁にする。それでもう一人が困っている間に壁になった一人と鍔迫り合いに持ち込み、すると困っていた敵が仕方なく壁となっていた一人を背中から斬りつけ倒す。壁とされている間に脱落が決定した人間はがっかりだ。一方、形はどうあれ星を奪った人間は喜ぶ。と、その間に、がっかりして棒立ちとなった人間の陰から、ニトロは星を取ったことで隙を作っているもう一人の足にちょんと剣を触れて負かす。がっかりが二人に増える。ニトロは別の参加者に襲いかかられる前にその場から離れる。
 ニトロは、例えば三人に囲まれたら、思い切って一人に思い切り打ち込む。その打ち込みの威力に相手がたじろいだ瞬間、ニトロは急に方向転換して囲みから脱出する、と同時に、ニトロの行動に意表を突かれて動きを止めている相手がいればその体に剣を微かに触れさせて星をもぎ取る。
 追いかけてくる先頭の人間の足元に急にうずくまって“玉突き事故”を起こさせたり、初めから鍔迫り合いを狙って組み付くや即座に足をかけて転ばしたりという奇襲から退場者を生んだこともある。
 一人に対し数人で一斉に襲いかかるというのは意外に難しく、ついさっき顔を合わせた者同士では当然上手く連携はできない。剣という不慣れな物を扱いきれぬ者もあり、結果、攻撃者がもつれ合って勝手に自滅した際には抜け目なく始末する――といった形もあった。
 これらの戦法が完全に『ニトロ・ポルカトのショー』として成立したこともあり、それ故、ニトロが勝ち星を増やす度に大きな歓声が沸き上がっていた。
 反面、ただ一人不興を買っていたのがハラキリであった。
 彼は初めから全く真面目に戦う気がないように締りなくへらへらと笑い、のらりくらりとグラム・バートンから着かず離れず、戦いもしなければ逃れもしないという半端極まる行為を繰り返し続けている。少年と公爵は未だに一度も剣を触れ合ってすらいなかった。されど少年が剣を振らないわけではない。痺れを切らした公爵が別の箇所に向かおうという素振りを見せるや、ひょいと敵の前に回りこんで剣をちらつかせる。まるで斬ってみろと挑発するように構えを崩しながら。なのに公爵に詰め寄られると逃げる。そして敵を馬鹿にするように切っ先を揺らしながら公爵の周りをうろうろとする。
 ハラキリ・ジジの行為は、ともすれば先の素晴らしい一騎打ちまでをも愚弄するかのように思えるものであった。公爵を相手に立派に戦った老剣士に比べて何という恥知らずな人間であろう! なまじ『ニトロ・ポルカトの親友』にして『師匠』への期待が大きかった分、その失望は非常に大きなものとなっていた。
 この王女の誕生日会に集まっている者達は、紳士淑女である。余興に没しないことが王女の意に反するとしても、流石にブーイングまで出していない。されど、声はなくとも、いや、声がないからこそハラキリに向けられる目は極めて軽蔑に満ちていた。グラム・バードンの険しい顔よりも激しく、『ハラキリ・ジジ』への眼差しは侮蔑に染まっていた。
 その悪感情は凄まじく、好意的な声援を受け続けるニトロでも常に感じ取れるほどであった。『ショー』の最中、ニトロがちらりと目にしたハラキリとグラム・バードンの“一騎打ち”の近くにいる観客達の中には、怒りのために顔を赤くしている者すら存在したのである。
(……ハラキリ?)
 ニトロは正面から襲い掛かってきた相手――中年太りの男性で、ニトロを追いかけすぎて息も絶え絶えに疲れている――を正面から打ち負かし、そこで生まれた少しの休息の時を見計らって渦中の場に今一度目をやった。心配げに、同時に疑念の目でハラキリを見つめる、と、その瞬間、ニトロの目とハラキリの目が合った。するとハラキリは、ほんの一瞬、ニトロへ何か意味のある眼差しを送ってきた。そしてすぐに公爵に向けて、それまでのヴォンからビィオへと構えを取り直す。
 ニトロは戸惑った。
『師匠』の眼差しには明らかに“指令”があった。
 そして、ニトロは気づいた。
 公爵から左手を隠し心臓を遠ざけるビィオの構えを取った『師匠』の、その隠された左手が、ほとんど朧げにではあるが、しかし確かにハンドサインを作ったことを。
 その意味を理解したニトロは驚いた。驚くと同時に、親友がやはり公爵への壁となってくれていて、そのために汚れ役にもなってくれていることに胸を熱くした。
 ニトロは親友への感謝を胸に『余興』に戻り、己のつまらぬ意地など捨てて彼の意志を汲み、そうして緩慢にティディアへ近づいていった。
 ――途中、仲間割れもあり、ニトロを追い回す追っ手の数は7に減っていた。
 ティディアは最後のお手合せ希望者を相手にしている。
「いつまでこうしているつもりだ!」
 業を煮やしたように、グラム・バードンが怒声を上げた。観客の中に、怒りを買っているのが自分ではないというのにびくりと体を震わせる者があった。
 しかし、怒声を受けた当人は笑みを浮かべたまま何も言わない。公爵は、ハラキリのそのふざけた表情はどうでもよかった。外から見ればへらへらと笑っているようであるが、実際にはそうではない。ハラキリ・ジジは作った表情を浮かべ続けているだけで、その双眸は極めて真剣にこちらとの距離を測っている。そんなことぐらいはとっくに承知している。
 だが、それでも、ハラキリ・ジジのこの『意図』には腹が立った。
 ――時間稼ぎ、あるいは、本当にただの嫌がらせ。
 無論、それは何か『狙い』があってのことであろう。
 時間を稼ぐのならば、その“機”を奴は待っている。
 嫌がらせであるのならば、こちらが激昂することを待っている。そうやって何か“罠”にはめようとしている。
 奴が狙う“機”や“罠”がどのようなものか気にならないと言えば嘘になるが……それ以上に、期待していたハラキリ・ジジの実力をこの身で確認し得ないという焦燥にグラム・バードンは憤懣やるかたなかった。
 そうしている内に、ニトロが、彼を追い回すうちにスタミナ切れを起こした相手を一人、また一人と討っていく。
 ティディアが、最後の挑戦者を倒して『礼』をしあう。
 挑戦者もいなくなり、手持ち無沙汰になった王女がぼんやりと周囲を眺め、新たな挑戦者がいないことを見て取ると剣を収めた。そしてハラキリとグラム・バードンとへ目をやる。どうやら彼女は暇潰しに二人の戦いを眺めることにしたらしい。
 ――と。
 その時であった。
 戦場が急変した。
 渦を描くようにティディアに接近し始めていたニトロを最後まで追い回していた四人の内の一人が、突然、背を向けているティディアに向かったのである。
 それは一番目の参加者、あの東大陸の伯爵であった。
 観客達が声を揃えて「あっ」と叫んだ。
 ニトロも、ニトロを追い回していた者も驚き動きを止め――そして、観客の驚声に足音を隠した伯爵がティディアの無防備な背中へ猛然と剣を振るう!
「上出来!」
 直後、ティディアの歓声がホールに響き渡った。
 まるで背に目がついているかのように、王女は――彼女は瞬時に抜剣していた――伯爵の剣を振り向き様に受け、弾いていた。剣の絡み合う複雑に甲高い音がした。ティディアは剣を巻きつけるようにして伯爵の剣を捉え、宙に舞わせようとしたのだが、伯爵がそれをさせなかったためにただ『弾いた』形となったのだ。ティディアは頬に笑みを刻みながら即座に反撃に転じた。伯爵は王女の剣をかわし、さらに追って放たれた一撃を弾き返す。
 それと同時に、別の場所でも驚愕が生まれていた。
 ハラキリ・ジジが、ついにグラム・バードンに斬りかかったのである。東大陸の伯爵が王女に斬りかかった瞬間、思わずそちらへ注目した公爵の“唯一の隙”を彼は逃さなかった。床を滑るような上下に体のぶれない足捌きで一息に間合いをつめ、全力の袈裟斬りを放っていたのである。
 その、これまでの少年の動きからは信じがたい剣筋に驚愕が爆ぜる中、しかし、公爵は後手に回りながらも敵の攻撃を容易に剣で払った。
 公爵のグレーの瞳が燃え上がる。
 その顔は、不快から一転、喜悦に染まっていた。

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