大昔の伝説の王女に扮した現在の希代の王女は既に下馬していた。馬は玄関を抜けて去っていて、入れ替わりに剣とプロテクターを携える古めかしい姿のアンドロイドが次々と入ってきている。王女はアンドロイドから剣を受け取ると、その競技用の剣を参加者に下賜し始めた。
 東大陸の伯爵が跪き、恭しく両手を差し伸べる。
 王女は何か声をかけながら、差し伸べられた手に剣を与える。
 ――王女から剣を賜る。
 いくら余興とはいえ、その行為に感極まった顔をする若い伯爵へ王女らしい威厳に満ちた笑みを向けるあのバカ姫様は、さて、一体何を目論んでこんな余興を開いたのか。
 正直に言って、この『余興』は彼女にとって非常にリスキーである。
 彼女自身が言っていたように、混戦バトルロイヤルには本来の実力の関知せぬ『紛れ』が生じ得る。それに、むしろ実力者であればあるほど多勢によってかられて敗退する可能性も高まるものだ。これだけの参加者を募るのならば、一対一によるトーナメントやリーグ戦をしている時間がないのは理解できる。しかしそれなら人数を絞って、昔ながらの『御前試合』よろしく儀礼的な“決闘”にすればよいだけのこと。それなのに彼女が、この形式のリスクを承知の上でそれをしなかったのは……
(この方式だからこそ、というメリットがあるんでしょうけども)
 それも、多大なリスクを背負ってなお恩恵余りあることが。
(……しかし)
 ハラキリは、二番目の参加者――余興とはいえ剣を賜ったことに感涙をぼろぼろ落としているスキンヘッドの貴族へ言葉をかけ、何か余計に琴線揺さぶることを言ったのか、臣下の剃り上げられた頭を感動で真っ赤にさせている王女を困惑の目で見つめていた。
 バトルロイヤルに含まれる『紛れ』以上に、もう一つ、ティディアには何よりも看過できないリスクがある。
 それこそは、ニトロ・ポルカト。
 そう、ティディアが誘い込んだニトロこそが彼女にとっての最大のリスクでもあるのだ。それは彼女自身が一番良く解っているはずなのに、では、何故に?
(……ま、ご自身で決めたことなら見届けさせてもらいましょうかね)
 ハラキリは吐息をつき、いつまでも場を動かないウェイトレス・アンドロイドに振り向いた。
「何か用が?」
「解ッテルダロウ?」
 ハラキリは肩をすくめ、半分飲んだ炭酸水のグラスを差し出し、
「では、ワインをもらえますかね」
 芍薬は、ハラキリを睨むように見ていた。ワインが問題ではない。この会場は、十五歳から飲酒可能な地域からの客もいるため、王権を使ってまでそのように配慮されてある。だからそれはいいのだ。それはいい、が、芍薬は苛立ったように、
「手伝ワナイノカイ?」
「どちらを?」
 ハラキリは軽く言い放った。
 芍薬は眉の間に険のある皺を刻んだが……ハラキリが“中立”であることは既知のことだ。特にこのような状況ではむしろ見物を決め込むのが自然ではある。
「安酒デイイネ」
 それでもやはり面白くなく、芍薬は炭酸水のグラスを引っ手繰るように受け取った。ハラキリは苦笑し、
「いや、一番高いのを」
「御意。一番安イノヲ水割デ」
「ちょ……」
 ハラキリが止める暇もあらばこそ。芍薬は即座に踵を返して去っていき……と、急に芍薬が立ち止まり、振り返った。芍薬の視線の先には、今しがた芍薬とすれ違ったウェイトレス・アンドロイドがいる。一方そのアンドロイドは芍薬へ振り返ることはなく、真っ直ぐハラキリへ歩み寄ってきていた。優雅に振舞う歩き姿、その手にトレイを携え、その上に水晶を削って作り上げたグラスを載せて。
「?」
 ハラキリは、二体のアンドロイドがすれ違い様に作った空気に眉根を寄せていた。
 見れば芍薬は、何か納得がいったように別の貴婦人の注文を快く受けている。その様子からは芍薬がこちらへ『ワインの水割り』すら持ってこないだろうことを確信させた。もちろん、芍薬にそうさせたのは、真っ直ぐこちらへ向かってくるウェーブのかかった髪の給仕アンドロイドだろう。ハラキリはそれに目を移した。
 アンドロイドはハラキリの目前までやってくると、言った。
「手伝わないのですか?」
 ハラキリは驚いた。

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