「まず、参加者は72名。形式は一対一ではなく
皆がさらにざわめく。
参加賞で、運がよければそれだけの金額とサービスだ。では、優勝だと一体……?
ティディアは笑顔を浮かべて朗々と告げる。
「そして優勝者には、一つだけ、特権を上げる。何でも望みの叶う特権を」
一瞬、静寂があった。それはすぐに意味を理解して息を飲んだ者と、いまいち意味が解らず首を傾げた者の作る静寂であった。
ニトロは……何も言わない、様子を窺っている。
ティディアは一同を素早く見回し、さらに笑みを増して高らかに宣言する!
「そう、この星で最高の特権!
私に一つだけ、どんなことであろうと命令できる権利を!
私は勝利者に惜しみなく捧げましょう!」
直後、ホールが揺れるほどのどよめきが起こった。無理もない! 確かに、今、我らが王女様はとんでもないことを言った! もし聞き間違いでなければ、いいやむしろ我々一同揃って聞き間違えていた方がいいのだが――
「何でも、全て、願いを聞いて上げるわ」
しかし、どよめきの中にある希望をティディアは笑顔で否定する。
そして続ける。
「爵位が欲しければ授けましょう。
領地が欲しければ授けましょう。
私が欲しければ、身も心も捧げましょう」
その瞬間、どよめいていたホールが逆に静まり返った。あまりの驚きに、皆が息を飲む音だけがそこにあった。さらにティディアは言う、力強く、畳み掛けるように!
「国が欲しければ、男子ならば私の婿に迎えましょう。女子ならば私の養女にし、継承権がいずれ届くようにしましょう」
皆々目を剥いていた。誰もが我が耳を疑うが、やはり聞き間違いなんかではない。隣の人間と何かを確かめ合うように目を合わせるが、どちらも焦点は定まっている。我々は正気だ、それだけは間違いない!
そして“間違いない”と考えるに至るに、皆、唖然茫然と口を開けて王女を見つめた。
正直、とんでもない。狂気の沙汰である。しかし彼女は――そう、クレイジー・プリンセス・ティディアは、それが正常なのだ。
再び声が上がった。それは歓声ではなく、かといって怒号でもない。何かとりとめのない無意味などよめきであった。蘇ったどよめきの中にはニトロを気遣う声もあったが、それも明瞭な文章を作れてはいなかった。
その不明瞭な声に応えるように、どこか恍惚として王女は言う。
「例えニトロ・ポルカト以外の男であっても! 私は今ここに言ったことを違えない。もし野心ある者ならば、この宴の後、私を抱くがいい。そうして私に子を宿させよ。すればその者は確実に王の系譜に名を連ねよう!」
とうとう悲鳴まで上がった。しかし、ティディアは恍惚として言い続ける。これが私だと。これがクレイジー・プリンセスだと。これが、相変わらずクレイジー・プリンセスである私が、己の誕生日会にもたらす『サプライズ』なのだと!
「私は王権を以て、ここに宣言する! これより開かれる剣術大会の優勝者は、神に恥じぬ、己の腕で栄光を勝ち取った“英雄”であると! もしその者が王にならんとするならば、それは民にも恥じぬ、紛うことなき真の王になるのだと! さあ、我こそはと思う者は名乗りを挙げよ! どんな願いも、ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナ――この名において私が叶えてやろう!」
ニトロは、腕を組んでティディアの演説を聴いていた。
それまで恍惚としていたティディアの顔が、ふいに和らいだ。
「……私は、自らの力で何事かを成そうとする人が、大好きだから」
それまでの勇ましさから一転、優しさを含んだ声でティディアは言った。そして彼女は唖然としている招待客らを、己を祝いに来た者らをゆっくりと見回した。……しかし彼女はニトロのいる方向にだけは目を向けなかった。むしろ顔を背けるようにしていた。
すっと、彼女は息を吸った。
「私からそれを勝ち取った者ならば、ニトロ・ポルカトでなくても、私は愛するでしょう」
ティディアの声は朗々と響く。
ニトロはこちらとは反対に顔を向けるティディアの首筋を見つめたまま、黙し続ける。確かに彼女の声は朗々として明るいが、その底には、奇妙な緊張感があるようにニトロには感じられた。
だが、依然として王女は朗々と続ける。
「もちろん、これは私の本気を示すため。勝った男は私を娶れと言っているのではない。しかし、そう願うなら聞く――そう言っているだけのこと」
ティディアはあからさまな吐息をついた。それと共に彼女は幾分肩の力を抜く。彼女につられて聴衆の緊迫もいくばくか緩んだ。その様子を見ていると、この王女の演出力、その人心を巧みに操る力がいかほどのものかと改めて恐ろしくもなる。
「ここにいる全ての者にチャンスがあるわ」
何も恐れることはないとばかりに明るい笑顔を浮かべる王女を見ていると、その笑顔を見ている者も彼女と同じように恐れるものはないと思ってしまう。
「貴族の男子ならば剣は嗜み。惚れた女にどんなものでもプレゼントできるわよ? もちろん剣の腕に覚えがなくとも混戦だからチャンスがある、そのための形式だから。どさくさにまぎれて勝利を得るのも立派な実力、私は願いを聞き届けましょう。ご婦人には厳しい条件だけれど――それなら頼りになる殿方をけしかけなさい。参加賞だけ取りに来るのもいいわよ?」
最後の段になっての洒落めかせたセリフに、皆はいつしか頬を緩ませていた。
とはいえ、それでも頬の底からは未だ強張りは消えない。
馬上の王女の無茶苦茶な条件……実際、『ニトロ・ポルカト』以外に、勝ち残った何者かが彼女の夫の座を望んでしまえばそれが叶う可能性があるために――そして数人、それを望んでも決しておかしくない人間がいるために――この場からはおかしな緊迫感が拭い去れないでいるのだった。
「大丈夫よ」
と、そこにティディアが朗らかに言った。最後の仕上げである。
「どうせ優勝者は決まっているんだもの。余興と言っているでしょう? これは、私の誕生日の、私が楽しむための余興だって」
多くの目がニトロに集まった。確かに、ニトロ・ポルカトは『劣り姫の変』において剣の腕を披露した。それは、相手が女子であったとはいえ多対一で勝利するほどの腕前であった。となれば?……急速に、ホールから緊迫感が拭われていった。そしてそれは、それだけ『ニトロ・ポルカト』が信頼されているという証拠でもあった。
「お前が楽しむため、ね」
と、そこで、当のニトロ・ポルカトが険のある声で言った。