――『あら、ミリュウ。あなたは一体、誰に向かって言っているの?』
「……」
通信を切った後、ミリュウは、姉の言葉を反芻しながら……口を一文字に結んでいた。
「……」
ミリュウは、姉を信頼している。
姉との間に色々とあったとはいえ、やはり姉は尊敬すべき人間であり、王女であり、銀河一美しく有能な女性である。
「……」
しかし――と、ミリュウは思う。
姉のことは信頼している。
しかし、信頼した上で『保険』をかけることはまた別の話である。これは姉から学んだことでもある。
これから姉が『サプライズ』として行おうとしていることは、なるほど流石にクレイジー・プリンセスらしいことだ。それでいて姉の目的には大いにうなずかされる。が、それにしても目的の大きさに比するように非常に大きなリスクが伴い、また、目的遂行のためには多くの不確定要素と確定的な障害が存在していた。最終的に理想とするシチュエーションに至るにはその不確定要素と障害を乗り越えるか取り除かねばならないが、驚いたことに姉はそんな今回に限って策を弄していない、自然に任せると言う。驚きのあまりに何故と詰め寄るように訊いてみれば、返ってきた答えにはまたうなずかされるばかりで私も困ってしまった。そして理想的なシチュエーションに至った後も、いや、理想的なシチュエーションが成立すればこそ、そこには何より私にとっても最悪のリスクが存在し――だけど、その点については、私は覚悟を以て結末を待つしかない。
結局は、姉の行おうとしている『サプライズ』と、そこに込められた最大の目的は、ある意味で全面的にニトロ・ポルカトに懸かっていた。姉は「きっとそうなる」と彼を心の底から信頼していて、同時に、彼を心の底から警戒している。
「……」
そしてミリュウは、姉とそのことについて話している時、姉の言動の裏にある不可思議な感情をも感じ取っていた。
姉のはぐらかしの中には目的達成への強靭な意志が透けて見え、それだけならまだしもそこに並んで奇妙な不安感が感じられたのである。同時にその不安を打ち消そうとしているかのような緊張感があり、さらにその緊張感を覆って余りある、もっと張り詰めた緊迫感までもが姉にはあった。そうして何重にも重なる意識が姉の瞳の中でない交ぜとなっていて――どこか、不安定にも感じられた。
「……うん」
ミリュウは決心した。
やはり姉の心の負担をできるだけ軽減しよう。私のそういう親切心ならばきっと彼にも“作為”とは感づかれないはずだから。
「セイラ」
部屋の隅、カメラの画角から外れた位置にいた執事に言う。
「やらないといけないことができたの」
ミリュウはこれから放牧の手伝いをする予定であった。
セイラは主人の意図を察し、言った。
「私一人でも問題ありません。ミリュウ様」
その答えを聞き、ミリュウはうなずいた。そしてうなずきながら、弟のオリジナルA.I.に連絡を取る。
「――あ、フレア? ちょっとパティと相談があるんだけど、都合がついたら取り次いでくれる? うん、最優先でね」