ロザ宮の構造は、非常にシンプルである。
 玄関を入れば、すぐに大きな円形のダンスホールが目の前に広がる。エントランスはない。自慢の薔薇園がエントランスを兼ねている、という設計思想のためだ。
 四百人(二百組)が一斉に踊ることのできるホールの床には、茶を基調とした大理石が敷き詰められている。壁際には等間隔に並んだ大きな柱が全体で8本あり、蝋燭の火のような暖色の壁には細かな幾何学模様が描かれている。中央部に柱のない当時としては最先端の建築技術で作られていて、高さ15mに達する半球型の天井は周囲の視覚効果も手伝ってより高く見える。バランスよく配置されたクリスタル製のシャンデリアの輝きは、ホールを美しく照らすと同時に天井一面に金・銀・螺鈿を用いて描かれた天使や動物、草木の意匠を豪華絢爛に煌かせていて、その光ために、ホール全体はほのかに黄金色に染められているようであった。
 そのロザ宮に、今日は普段と違う特筆すべき点が、一つある。
 ホール中心の中空、ちょうど最も大きなシャンデリアの直下に、大きな時計が浮かび上げられているのである。それは水晶球の中に機械式時計を封じ込めたような、不可思議な印象を与える時計であった。面白いことに文字盤はどの角度から見ても真正面から見え、文字盤を薄く透いて見える精巧なトゥールビヨンが美しく一定のリズムを刻み続けている。
 その時計以外は、ニトロも良く知る美しいロザ宮ホールに変わりはない。
 玄関から見て正面の壁には周囲からへこんでいる箇所があり、そこには五段ほど盛り上げられた壇がある。まるでバルコニーのように柵に囲まれた壇の奥にあるのは、豪華な装飾で飾られた玄関とはまた別の扉だ。中庭から薔薇園への出入り口が『御伽噺の世界への演出』であったと同様、こちらも“世界観”を分かつものであり、そしてこれは主役のためだけに許される出入り口である。過去、覇王は、その扉から召し物を変えて現れる王妃を迎えることを、そして自分が用意させたドレスに身を包む美しい王妃がその特別な出入り口から現れ注目を浴びる様子を楽しんでいたという。
 その壇の右側に楽団がいて、今は優雅な曲を穏やかに流していた。
 壁には一定の間隔でアーチ状の出入り口が開いている。休憩室にいくための広い通路へ出るためのそこに扉はない。素通しの出入り口の先には大きな窓があり、そこからは夢のような薔薇の彩りが目に飛び込んでくるように計算されているのだ。
 また、壁際に寄せてはいくつものビュッフェ台と、皿やグラスを置き落ち着いて食べられるよう小さな丸い机が並べられていた。その辺縁が社交の中心域となっているため、鳥瞰して見れば壁側が最も人口密度が高く、中央に向けて次第にまばらとなっていく。その分布図の隙間を、人間・アンドロイド混成の給仕達が忙しくも優雅に動き回り、王家広報に属する撮影隊が記録を取っている。
 社交の場では、大貴族や政治家、資産家、芸術家、芸能人に、特別招待を受けた一般市民と、様々な階級の様々な人間が言葉を交わしていた。
 今まさに、ここで有力なコネクションを築こうという野心家もあり、一方でただ交流を楽しむだけの者もある。コネクションを築こうという者も手管は様々であり、話術でひきつけようという者もあれば、自らの子女を連れてきて将来の利益や伴侶を探させる者もある。庭園・薔薇園に出ていた者の中にも、庭を楽しむというよりも作戦会議のために席を外しただけの者もいただろう。宴を楽しむ者も楽しみ方は様々であり、料理に夢中になっている者があれば、そこかしこで交わされる会話に聞き耳を立てる者もあり、ただただ王女の誕生日会に招待された栄光に酔いしれている者もある。
 ――と、心模様も複雑に入り乱れる社交の場で歓談していた人間全ての視線が、その瞬間、ある一点に向けて集中した。
 視線の集中する先には、新たにロザ宮に入ってきた二人の少年がいる。
 次代の王と目されるニトロ・ポルカトと、第三王位継承者パトネト・フォン・アデムメデス・ロディアーナ――国の次代を担う二人が、人々の視線の焦点で、じっと佇んでいた。

→3-b04へ
←3-b02へ

メニューへ