「今日は
振り返るとやはりそこには満面の笑みを絶やさぬ王女がついてきていた。布地面積の少ないビキニ姿で。
「大体『というわけ』って、何が“というわけ”なんだ? それに――」
「そう、『相談』があるの!」
ニトロの視界のど真ん中に立つティディアは、何と言うか……やたらと体を開いていた。脚を開いて仁王立ちとなり、大仰に腰に手をやり大きく胸を張り、その様はまるで「この自慢の肉体を見さらせ!」と全身で訴えかけているようである。――のわりに、腰がやや引き気味なのはどういう目論見のためなのであろうか。もう少しで完全にへっぴり腰だ。
当初からのテンションといい、いまいち釈然としないティディアの様子に小首を傾げながら、ニトロは促した。
「その内容は?」
ティディアは、すぐには答えなかった。相談があると自ら言い、それをとりあえず聞くと促されたというのに……相手のその態度にニトロは不満を抱いたが、しかし彼はすぐに気がついた。どうやら彼女は答えないのではなく、答えられないでいるのだ。彼女の頬には赤みが差し、言葉は今も息を飲むように止まっている。黒紫色の瞳は妙に揺れていた。たっぷり三度深呼吸できる間が置かれ、ふいに、やっと彼女は堪え切れないように口の端を高く引き上げ言った。
「『出席』してくれるなんて本当に思ってなかったから」
彼女の声はわずかに震えていた。感激しているのだ。
「だから嬉しくて……ね?」
ニトロは、ああ、と少し鬱陶しげに――実際にはティディアの純粋な感激への戸惑いを誤魔化す態度でうなずき、ぶっきらぼうに返す。
「一昨年みたいなことをするようならパティを連れて即行帰るからな」
「それは大丈夫。今回の趣向は、そういうのじゃあないから」
「……」
笑みを浮かべるティディアの瞳に、キラリと、一瞬前とは違う輝きが閃いた。彼女はそれを隠そうともしていない。それこそは、まさにいつものバカ姫の表情であった。
ニトロは再び半眼で睨みながら、
「そういうのじゃあない、けど、とんでもない?」
ティディアは笑みの形を少し変えて、ふふ、と笑い、
「まあ、楽しみにしていて」
「というかパーティー自体が別に楽しみじゃないんだがな?」
「ひどッ!」
目に涙を浮かべる(これは演技だ)ティディアの文句を軽く受け流し、ニトロは肩を軽くすくめて言った。
「で? だから端からハイテンションで、ドアが開く度にとにかく抱きつこうと対象未確認のまま飛びかかっていた?」
「そう!」
握り拳を作りティディアは肯定する。
ニトロは深々とため息をついた。
「お前はやっぱりバカだなぁ」
すると握り拳を作ったままのティディアは鼻息荒くうなずき、
「だって嬉しさ余って愛する人に抱きつきたくなるのは、罪!?」
「一般論的には罪じゃあないな」
ニトロは面倒臭そうに言う。というか面倒だ。もはやこの先は読めているし、相談とやらの話も早く進めたいのに……どういうわけか、ティディアは仁王立ちしたまま(そのくせこっそり重心を移動させているが)しつこく本題から外れ続けてくる。
「そう、罪じゃあない!」
ティディアはぐっと拳をさらに握り込み、一息の間を空け、それから思い切って叫んだ。
「というわけで! ニトロ!」
「だから何だよ」
「抱いて!」
言うが同時に一瞬のタメ――ニトロからすれば脚力の溜め、ティディアからすれば刹那の
「断る」
彼女が重心を移動させるのを見て跳びかかってくることを予期していたからには対応も簡単である。
ニトロは冷静に手を突き出した。
彼に抱きつこうと頭から一直線に飛び込んできていたティディアの額がその手にぶつかる。
その瞬間。
ひどいことが起きた。
ニトロの腕はつっかえ棒のごとく突っ張っている。そしてティディアの体は水泳の飛び込みの要領で彼に向けて前進してきていた。そこで彼の突っ張った腕に押し留められた彼女の頭部は急ブレーキがかかった格好である。
分析しよう。
ティディアの頭はその場に留まる。ここに支点が生まれた。
されど彼女の胴体はニトロへ向けて跳躍の勢いのまま前進を続ける。言わば大きな力点である。
では、作用点はどこにあろう?
結論、頭部と胴体部をつなぐ関節――つまり首に出現した。
ティディアの頭だけがのけぞり、その瞬間、L字に反った首だけに全ての力が集中したのである。まるでうつ伏せになって頭だけを上向けた姿勢での、一瞬の空中制止。当然、跳躍の勢いに乗る彼女の体重も首で堰き止められることとなる。運動エネルギーがただ首一点で衝突する。
そう、支点・力点・作用点!
メギョと、彼女の喉の奥からクラッシュ音がした。
「むんッ!?」
おかしなくぐもり声も上がった。
勢いを失った彼女はそのまま墜落する。無様に顎から、ついでにしたたかに『腹打ち』をするであろう体勢で、彼女は重力に従い落ちていく。
「モゴャッ!!」
フローリングの硬い床に落ちたティディアは悲鳴を上げた直後に痛みのあまりに硬直し、その後、顎と首を押さえてのたうち回り出した。
「ッ……ぅぬ、うぬぅぅぅぅぅ――! うんッぬ!……ん!」
足元で断続的に悶絶のうめきを上げては無様に転げ回るビキニ姿の王女を見下ろして、ニトロは深いため息をついた。
「で、『というわけで』に“内訳”もあったのは解ったけど……それで『相談』は何なのかな」
ふざけ続けるバカを相手にしていても埒が明かない。そう判断したニトロがヴィタに問うと、王女の執事は一言、言った。
「当日の髪型について」
「髪型?」
全く思わぬ話題にニトロが問い返すと、
「そう!」
再びの復活、再びの握り拳でティディアが立ち上がった。
ニトロの目が、若干据わる。
「……いい加減、イラっとしてくるわけだが」
「う」
ティディアはうめいた。
ニトロの感想は、正直なものであった。
そして実際、ティディア自身、“今の自分”が話を進めたい彼を苛立たせることは解っていた。解ってはいたが……彼に怒気を込めて言われると、やはり堪える。ちょっといじけたくもなるが、それをしてはさらに鬱陶しさまで増してしまうだろう。
(潮時ね)