パトネト・フォン・アデムメデス・ロディアーナ。
 アデムメデスの現王・王妃の第六子にして、その王位継承権は第三位にある。
 彼は、人徳に優れた両親に反して何かと問題を起こす子女の中にあって――『劣り姫の変』が起こるまでは――姉のミリュウと共に大人しい存在であった。また、彼は、同じ『大人しい存在』であっても姉のミリュウとは違い、良くも悪くも存在感有り余る兄姉に囲まれてなお特異な存在感を放つ『秘蔵っ子様』であった。
 まず、彼は美男子である。
 いや、美男子、というのは少々語弊があるかもしれない。何しろ彼は『美少女よりも美少女らしい』可憐な容姿を備えているのだ。ドロシーズサークルで確認された彼の女装姿は現在“理想の美少女”のモデルケースとして扱われているほどであり、加えて、彼が極度の人見知りであることがその美貌にある種の脆さを加味し、人々の保護欲も盛大にくすぐり続けている。元より存在していた彼のファンサークルの中に、「彼のことを守ってあげたい!」と叫ぶファンが大量に流入し続けているのはその証左であろう。
 しかし、一方で人に保護欲を掻き立てる彼は、それら自分を慕う人間にも決して心を開かない。例えその人間が確実な味方であり、その人間の抱くものが純粋な好意であったとしても、目を背けて心を硬く閉じる。それどころか、王家史上最も露出の少ない王子は、昨年まで、両親と二人の姉、姉の執事のセイラ以外にはその笑顔を向けたことすらないのである。長年自分に仕えている執事――といっても身の回りの世話はせず、公務にも同行せず、もっぱら第三王位継承者のための書類の世話のみをするよう第一王位継承者に任じられた大叔父に当たる男性――に対してはいくらか信を置いているようだが、それでも心は開かないし、笑顔も向けない。触れ合いの少なかった第一王位継承者の前執事にも、無論、着任して日の浅いヴィタに対しても言わずもがなである。
 では身の回りの世話をする側仕えになら?
 いいや、彼には側仕えが存在しない。
 彼の世話は姉のミリュウか、その執事のセイラか、そうでなければA.I.が全てを行っている。
 筋金入りの人見知り。
 彼は心許した人間以外と一対一になろうものなら引きつけを起こしかねない。事実、五歳の折、公務で訪れた王城で迷子となった彼は中庭で巡回中の警備兵に鉢合わせ、その場で泡を吹いて倒れたこともある。以降、彼の周りから極力人間が廃されたのはむしろ自然の成り行きでもあろう。
 もし、彼の笑顔を見たければ、これまでは両親を始めたった五人の彼に選ばれた人間、あるいはアンドロイドに乗り込ませたA.I.に撮影を頼むしかなかった。――が、逆に、それだからこそ、彼の笑顔には希少性があり、それ故に、極めて貴重な機会にマスメディアのカメラが納めた幼い王子の麗しい笑顔は多くの者の心を捉え続けてきた。
 さて、しかしもちろん、そのためだけに彼が『秘蔵』とされているわけではない。
 箱入りの美しい王子というだけでも王家の物語に花を添えるものではあるが、そのような印象論にかかるだけでなく、現実的にも、何より特筆すべきことに、彼は工学分野において『天才』を発揮していたのだ。
 幼少の頃よりその才覚は人の口に立っていたものだが、最近、アデムメデスの民が改めて、また銀河中の人々がおよそ初めて彼の能力に非常に驚かされたことがある。
 クロノウォレスこくにおける人工霊銀A.ミスリル精製技術に関連する発明の一つに、その発明者及び特許権所有者の名としてパトネト・フォン・アデムメデス・ロディアーナと記されていたのだ。しかも、特許取得時の彼の齢はわずか6。その事実が驚きに拍車をかけるのは至極当然のことであった。折も折、『劣り姫の変』での重要な働きも目立った。銀河中の王族の中、こと同年代に限れば『パトネト殿下』は今や最も有名な太子である。
 姉のティディアをアデムメデスの太陽と比喩するならば、弟の彼もまた太陽と呼ばれるだけの才人であった。
 また姉が黄金を生み出す女神ならば、その輝きが永く続くよう加工しうる鍛冶神であるのだ。
 ――明日、8月28日、快晴なれども気温穏やかなる吉日。
 パトネト・フォン・アデムメデス・ロディアーナは八度目の誕生日を迎える。

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