ヅゴンッ


 霊廟に、石像柱の間に、恐ろしい激音が響いた。
 ミリュウは目の中に太陽が生まれ、直後太陽が収縮する光景を見た気がした。
 それほどの衝撃。
 焼けた鉄槌に頭蓋を割られたかのようで。
 食いしばっていた歯が衝撃に耐え切れず粉となったかのようで。
 威力が尾てい骨にまで突き抜け、首がつまり、身長が縮んだ気もする。
 というより首の骨が圧砕されたような衝撃が神経に電撃を走らせ、それが全身に伝わり頭のみならず手足の指の先まで激しく痺れて痛い。
 骨髄が蒸発した気もする。
 頭を打たれたというのに内臓が硬直して苦しい。
 柔らかなはずの脳には柔らかなはずなのにきっと縦横無尽に亀裂が走った、そうに違いない、だってほらああぁああああ! 頭の中にはこの世のものとは思えない絶痛ぎゃがが――ッ!!
「            …」
 ミリュウの腰が砕け、膝から崩れ落ち、ぺたんと尻をつく。
 黒曜石の瞳がぐるりと瞼の裏側に入った。
 そのまま彼女は白目を剥いて失神しそうになったが――しかし、この煉獄の痛みは彼女にそれを許さない。
 指先まで突き抜けていた電撃が脳天に返ってきて彼女の意識に無理矢理活を入れる。
 白目を剥いていた双眸に瞳が強引に引き戻される。
 荒々しく引き起こされた意識は再度、いや何度も揺り戻る激痛に幾度も襲われる!
「            ほ」
 ミリュウは、ようやく、それだけを言えた。
 いや、せめて悲鳴を上げられれば痛みをいくらか誤魔化せるかもしれないのに、彼女はたったそれだけしか声に出せなかった。
「!ッ――――!!――?ッ!―――――――!!ほ!!」
 やおら彼女は打たれた頭を抑え、ようやくその場で悶絶した。悶絶可能となるまで回復した。回復したことにより痛覚がさらに冴え渡る!
「……………ッ……………ッッッ!!!!!――――――――――――!!!!!」
 冷たい石床に身を丸めたかと思うと彼女は恐ろしい勢いで体をピーンと伸ばし、またグッと丸まり、断続的に「う」とか「あ」とか「も」とか短くも恐ろしいうめき声を上げて悶え苦しみ続けた。時折、何だか生物としてまずいんじゃないかという様子でビックンバッタンと痙攣してもいる。血が燃えているのか全身が真っ赤に紅潮している。
「駄目よぅ。そこは滑稽に誇張したリアクションを取らないと」
 ティディアが、流石にこれだけは食らいたくないという顔をしてつぶやく。
 きっと妹の痛みを微々たるものでも誤魔化してやろうという気持ちであったのだろう。しかし、猛痛が引き起こす凄まじい耳鳴りのために一時的に聴覚を失ったミリュウに姉の声は届かない。
「おねぇ……」
 パトネトは、姉が処された刑のあまりの衝撃に震えていた。姉の尋常ならざる苦悶を見る双眸には涙が浮かび、顔面からは完全に血の気が引いている。恐ろしさから今にも目を背けそうだ。そこにニトロが、言う。
「悪いことをしたら、ウシガエルに飲まれなくても、巨鶏デカドリにつつかれなくても、こうなることがあるって覚えておくんだよ」
 パトネトがゆっくりとニトロへ振り返る。
「そして君の分の罰も、今、彼女が受けている。君がしたことの全てを俺は悪いと言い切れないけれど、それでもやっぱり悪いことで、危ないことには違いがないんだ」
 パトネトはニトロを見上げていたが、ふいに大きくたじろぎティディアの背後に逃げ隠れようとした。が、それをニトロの厳しい叱責を含む眼光が止める。
「それに、これはきっとまだ優しい
 さらに続けられた彼の言葉に、幼くも賢い『王子』は彼の意図の全てを悟って……やおら、小さくうなずいた。暗に示されていた『罰を受けて苦しむ姉を見つめ続ける罰』をも受け入れ、悔悟の念に唇を噛んで泣きそうになるのを堪えながら“共犯者”の末路を見届ける。
 過去に先祖が殺された場所に子孫の苦悶が満ち――やがて、それも鎮まっていった。
 しばらくして、荒く呼吸を乱していたミリュウが、やっと息を整えて顔を上げた。
 その顔はまだ赤かった。涙も引っ込む痛みの残滓は頬の緊張にも残っている。目は涙を流せなかった代わりに充血し、少し赤い。そして額はどこよりも紅い。
 突き抜けた痛みが和らいだお陰で、そろそろ気絶もできそうになっているのであろう。ミリュウは不明瞭な意識を眼の中に漂わせ、顔を上げた時の姿勢――両膝立ちの姿勢のままぼんやりと宙を見つめている。
 ニトロは彼女を真摯に見下ろし、
「これ以上、俺はあなたを責めません」
 口調を和らげた彼の声が、激痛の作るまどろみの中にあったミリュウの意識をはっきりと呼び起こした。
「――はい」
 辛うじて、か細くミリュウが応える。
 ニトロはうなずき、
「しかしあなたは大きな騒ぎを起こした。それによって迷惑を被った人もいるでしょう。『世論』があなたをどう裁こうとするのかは分からないけれど、まずは正直に謝って、それからまだ正当な罰を受ける必要があるなら、そうしてください」
「はい」
「それから、セイラ・ルッド・ヒューラン様を執事として再雇用すること」
「――」
 ミリュウが息を飲み、そして、自然とその眼に涙が浮かんだ。
「一番に迎えに行きなよ」
 口調を平時に戻してニトロは言う。
「知ってるだろ?」
 とんとん、と自分の頭を指で叩いて、心と記憶の交差する中に“それ”を見ただろう? と示す。
「あの人が、誰よりもあなたのために心を痛めている」
「……っはい!」
 涙声でミリュウは大きくうなずき、そしてニトロの目を通して見たセイラの姿を思い返したのか、何かが決壊したかのように声を上げて泣き出した。
 ニトロは身を丸めて泣くミリュウから離れ、芍薬の元へ歩いた。入れ替わりに、パトネトが駆け寄っていく。
 ミリュウはこれまで溜め込んでいたものを全て吐き出すように現実の世界でも大泣きしている。しかし、きっとまだ何度も泣かないと過去の彼女は現在の彼女に追いつけないだろう。だが、それでもゆっくりと、ミリュウを縛っていた姉の『呪い』は涙に混じって緩やかにほどけていくのだ。
 これでいい、とニトロは思う。
 そして、こうして満足感を覚えている自分はひょっとしたら自分に酔っているのかな? とも思いつつ、ニトロは芍薬に向かい、
「さあ、芍薬。帰ろう」
 そう呼びかけ、それから彼はすぐにティディアへ振り返った。
「ティディアに送ってもらってさ」
 その発言に芍薬だけでなく、ティディアも、ヴィタも目を丸くする。
 ニトロはティディアを睨み、泣いているミリュウに聞こえない声で言った。
「お前にも話がある」
 ティディアは、ゆっくりとうなずいた。

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