そう言うやミリュウはニトロに唇を寄せた。
「――い」
 と、気の抜けた上に戸惑っていたところ、完全に意表を突かれたニトロが留めようとするのをすり抜けて、ミリュウの唇が彼の口を塞ぐ。素早く、しかし躊躇いがちに舌が彼の口内に入り込んできて触れ合い、そして素早く離れる。
「……」
「……」
「……」
「……」
 ミリュウは顔を真っ赤に紅潮させていた。
 ニトロは呆然としていた。
 パトネトは天真爛漫に喜んでいる。
 ミリュウの『聖痕』が首に巻きついているチョーカーに吸い込まれるように消えていき、チョーカー自体にも変化が起こる。青が黒へと変色し、彼女の肌と一体化していた部分がゆっくりと剥離し――それを、フレアが受け止めた。
「処理を」
「ハ」
 パトネトに命じられ、フレアが足早に去っていく。
 ニトロはその足音を聞きながら、
「何だろう、俺、何ていうか王家に汚されっぱなしじゃない?」
「……泣イテイイト思ウヨ?」
「帰ったら胸を貸してくれる?」
「承諾」
 するとミリュウが眉を垂れ、
「あの……申し訳ありませんでした」
 そこでニトロは気づいた。
 自分の態度は、心底勇気を振り絞ったのであろう少女に対して――姉に抵抗し、姉の目の前で姉の想い人に唇を重ねてみせた彼女に対してあまりに無礼ではないだろうか。さらに言えばミリュウ姫にはこれまで浮いた話は一つとてない。もしかしたら、これは彼女にとってファーストキスだったのかもしれない。
 それに……
 目の端に映るティディアの実に何とも言えない顔を見れば、元信徒の行動には敬意を表したくもなる。
「仲直りのキス、だね」
 ニトロは、それでもミリュウと目を合わせるのは恥ずかしく、パトネトに――多少頬が引きつるのは致し方ない――微笑みかけた。
 するとパトネトは嬉しそうにニトロに駆け寄り、彼に抱きつき、
「ありがとう。ニトロ君、ありがとう!」
 ニトロはパトネトの頭に手を載せて、そこで自分の左手から『烙印』が跡形もなく消えていることを知った。
「……」
 見上げてくる、二人の姉と同じ黒曜石の瞳を見て、ニトロは思う。
(ひょっとしたら、ドロシーズサークルの時から準備してたのかな)
 そしてあの時、自分はこの子に査定されていたのではないのだろうか。
 だとしたら、お眼鏡に適ったのは光栄だが……それにしてもとんでもない『秘蔵っ子様』だ。
「……」
 ニトロはパトネトの頭を撫で、それから、決めた。
 あんまり子どもの前でやるのはどうかと思っていたが、逆だ。やるべきだろう。何よりこの子にも咎めを受けるだけの所業がある。
 ニトロはパトネトをそっと離し、小さく息をつき、
「ミリュウ」
 ふいに発せられた彼の声には底光りのする迫力があった。パトネトがびくりと震え、それ以上に体を震わせた姉妹が彼に注目した。
「けじめをつけないといけない」
 その言葉にミリュウが姿勢を正し、厳かにニトロの前へ進み出た。
 ティディアも――流石は勘が良い、事態を察してパトネトを呼び寄せ一歩退く。
 ニトロは芍薬に一瞥を送った。芍薬がこれから行われることの全てにおいてマスターに同意するうなずきを返し、次いで瞳の中で光を点滅させる。
 それを確認してから、ニトロは改めて第二王位継承者――今回の事件の主謀者に向き直った。これまでは目的達成を優先して心の底に抑え込んでおいた憤激を表に呼び戻し、その燃えるような双眸でミリュウを射抜く。
「あなたがなぜ暴挙に及んだのか。その事情は、解った」
 ニトロはあえて高圧的な口調で言った。
「――はい」
 彼の目を真正面から見つめ、ミリュウは強張った顔でうなずく。
「情状酌量の余地があるとは思う。だが、あなたも解っていたように、だからと言って簡単に許せるものじゃあない。俺はあなたに同情するところがあるが、それだけであなたを許すわけにもいかない」
「はい」
「ただ、俺があなたの犯罪行為を法へ告発することはしない」
「……」
「本件における俺と芍薬に対する一連の行為に関しては、俺個人としてはあくまで私的な問題ということで処理しようと思う。それでいいか」
「はい。異存ありません」
「それじゃあ、個人的に、罰を受けてもらう。法律外の話だし、つまり上限のない私刑だ。それでもいいか」
「はい。どんな罰もお受けします」
 ニトロはうなずいた。
 真摯に応えるミリュウには覚悟がある。例えアデムメデスの主要都市全てで裸踊りをしてこいと命じられても実行するだろう。
 ニトロは一歩踏み出し、言った。
「歯を食いしばれ」
 彼には万感の激情があった。
 ケルゲ公園駅で襲われ、芍薬も危険にさらされ……それからずっと、ずっと腹の底に収め続けてきたものを――憤怒を! ようやく爆発させられる、怒りをぶつけるべき人物にぶつけることができる!
「頭が砕け、首が折れないように祈れ」
 ニトロはミリュウの両肩を掴んだ。
 ミリュウが――いくら覚悟を決めていても――これからされようということに勘付いて小さな悲鳴を上げる。が、それでも彼女は逃げない。されど彼女は恐怖に震える。眼前に立つニトロの、その、これまで溜め込んでいた情念を一気に燃やして鬼神と化した容貌をまともに覗き込んで歯を打ち鳴らす。
「さあ」
 ニトロが背を弓なりに逸らした。
「歯・ヲ・食・い・し・ば・レ」
 彼の首の筋が浮き、僧帽筋が首を固定し、体を折り曲げるための全ての筋力を爆縮させるための息を吸い、止め――ミリュウが眼を瞑り歯を食いしば

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