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ミリュウは現を見る。
瞼を閉じて実を見る。
――ニトロ・ポルカト。
わたしは、お前のことが嫌いじゃなかった。
親しみを感じていた。
本当よ。お前に言ったことは、全て本当だった。
ニトロ・ポルカト。お前は、わたしに似ている。
普通の少年。
容姿も頭脳も普通な少年。
特筆すべき一芸は持っていても、王の器どころか、およそ王族としても相応しくない男。
――わたしと同じ。
お姉様に、お姉様の役に立つと認められて側に置かれる普通の
だから、初めは、お前とお姉様を祝福していたの。
だって、お前がいたところで、お前がどんな寵愛を受けたところで、お前にはないお姉様と血のつながったこの肉体が、わたしをお前より姉の従者として一段と秀でたものにしてくれるから。だから、お姉様に最も近いのはわたしであることには変わりはないから。わたしは安心しきっていた。
わたしはお姉様に嫌われたくなくて、頑張ってきた。
わたしはお姉様を愛しているから、頑張ってこられた。
わたしはお姉様の妹である――その誇りもあったから。愛して愛して愛して愛して愛して
素晴らしい栄光の日々。
わたしは安心しきっていたのに……
だけど、ニトロ・ポルカト……何故なの?
なぜ、お前はお姉様の心にそんなにも入り込めた?
お前が頑張ってきたことは知っている。
お姉様を嫌っていることも、もう知っている。
けれど、それなのに何故お姉様はお前を? ご自分を嫌うお前を? 何故?
ニトロ・ポルカト……
お前は『わたし』だったはずなのに、わたしと一体何が違う?
分かっている。わたしはお前に嫉妬している。お前が羨ましい。憧れてさえいるよ。判っているんだ。いつの間にか民の皆からも認められているお前が、わたしなどとうに飛び越えてしまっていることも解っている。わたしはお前が……妬ましい。わたしと同じで王家の一員には相応しくないくせに、とうとう王に相応しいと皆に認められるにまでなったお前が。
お姉様に求められるというこの上ない栄誉を受けながら、それでも平然と嫌えるお前が。
羨ましくて羨ましくて妬ましくてたまらなくて。
わたしは、お前を、お前だけは消し去りたいんだ。
わたしと同じはずだった、そのはずだった、ねえ、ニトロ・ポルカト、お前もきっとそう思うでしょう? でも、一体何が違ったの? どうして違ったの? 本当なら――できることなら――わたしがなりたかった『私』になりながら、お前は『私』を否定する。お前にその気はなくとも、お前が存在するだけで『私』は否定されてしまう。
だから、わたしと違ってしまったお前をお姉様の傍から消し去らないとわたしはわたしを保てない。
だから、わたしの居場所を奪い、無邪気にわたしを殺してしまうことを知らないでいるお前を許せなくて、許せないから、わたしは、わたしを保てない。
分かっている、判っている、解っている、全て。
わたしはお姉様に作られた王女、ミリュウ・フォン・アデムメデス・ロディアーナ。
それくらいのことを判断する力はお与えいただいている。
優等生なだけのつまらない劣り姫――兄弟の中で最も劣っていると言われても、それでも優等生だと認められているわたしが、それくらい自覚できないはずがない。
――わかっているんだ!
全ては!
逆恨みに過ぎない!!
わたしの羨望は、妬みは、嫉妬は、とても醜い。浅ましく醜くてたまらない。
お腹の底で気持ち悪い感情が育ち続けてきた。
自己嫌悪だと言えるならどんなに清々しいだろう。わたしのお胎の中で、わたしを殺す赤子が泣き叫んでいる。
分かっているの。
解っているけど、判っているから、どうしようもないの。
ニトロ・ポルカト。
ごめんなさい……
ごめんなさい、ごめんなさい。
でも!
心の底からあなたを消し去りたい――そう思い、そう願わなければ、女神を殺され、お姉様を奪われ、存在理由を失ったわたしはすぐにでも壊れてしまう。そうなればわたしはお姉様の恥となる!
天才、希代の王女と呼ばれながら妹一人も守れない姉。
妹の異常にも気づけなかった女神?
お姉様が偉大な方であればあるほど滑稽な話だろう?
わたしは、『わたし』を保てなくなれば、お姉様にわたしが恥を与えてしまうんだ。それだけは――例えどんな苦痛を味わおうと、どんな屈辱にまみれようと、例え命を失おうとも――それだけは! 絶対に、絶対に嫌……
だから、お願い。
わたしだったはずの人。
わたしのなりたかった『私』。
ニトロ・ポルカト!
お願いだから、『あなた』にわたしを……殺させて。
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..ニトロは、夢に見た。
瞼を閉じ、瞳を明けて、夢に見た。
ミリュウ・フォン・アデムメデス・ロディアーナ。
流れ込んできた彼女の記憶の断片。
流れ込んできた彼女の感情。
心の欠片。