ミリュウが斬りかかってくる。ニトロは大上段から振り落とされる剣を避けず、剣で受け止めた。受け止めた白刃を剣の上を滑らせて流し、そうすることで作った安全な空間へ身を翻す。つい直前までニトロがいた位置に、横から突きこんできたミリュウの切っ先があった。
 師匠曰く『多人数を相手にする場合、まあ状況次第とはいえ、基本はまず囲まれるな、その場に居着くな、形と角度を使え』
 弟子曰く『ししょー、形と角度って何ですか?』
 師匠曰く『相手が二人いたとして、君を含めて三点を結んで形を作ってみましょう。正三角形は危ない。直角三角形なら片方が近くてもう一方が遠いので正三角形より良い。では、君にとって理想的な点の並びはどのような形になるでしょう』
 弟子答え『……直線に並ぶ? もちろん間に挟まれないようにして』
 師匠曰く『正解。それならその一瞬は一対一。しかも遠い敵からすれば味方が邪魔になって苦労する。こちらからすれば近い敵が壁という味方になる。多人数を相手にしても、常に相手にとって攻撃しにくい角度を取るのは一対一での戦いの時と同じですが、さらに、多人数であるが故の死角を利用するんです』
 ニトロが避けた先は、大上段に剣を振るった“ミリュウ”のすぐ横であった。突き込んできた『ミリュウ』は、すぐ横の“ミリュウ”の向こうにいる。つまり、ニトロを含めて直線を結ぶ角度に。これでは『ミリュウ』は二の突きを放てず――
「ンッ!」
 ニトロは息を込め、背中で横の“ミリュウ”を思い切り押した。“ミリュウ”は――普通の少女の力加減だ――たたらを踏んで『ミリュウ』を巻き込み転倒する。
 その感触に、ニトロは一つ確認した
(なるほど)
 アンドロイドらしい機械の力が完全に切ってある。ただ勝利だけが目的ならば機械の力を使用しない手はないだろうに、相手も徹底している。この観点から本物を見つけることは難しそうだ
 ニトロはさらに斬りかかってきた二人のミリュウから全力疾走で逃げた。足の速さはニトロが勝る。二人のミリュウは並んで追いかけてくる。
 ニトロはある程度の距離を取ったところで、その場に立ち止まった。
 腰を落として剣を構え、深く息を吸う。
 二人のミリュウが迫る。
 ニトロはあえて師の教えを破り、その場に居着いて待った。
 二人が走りながら“突き”の姿勢に剣を引く。
 ニトロは息を吸い、
ぅわン!
 ティディアとのイベントで鍛えられた声量・ハラキリに鍛えられた筋力と肺活量、その全てを結集してこれ以上ない大声を上げた。
 思わぬニトロの『攻撃』、しかも音の響く地下。間近で予期せぬ大音を聞いた二人のミリュウはぎょっとし、あまりの驚愕に体を硬直させた。
(生理現象その一反応に優位差無し!)
 内心で声を上げながら、それを気合と化し、ニトロは一方のミリュウのみぞおちに蹴りを叩き込んだ。思い切り、失神させる勢いで、しかし失神できない力で!
「 っぅ!!」
 苦悶と息の詰まる音がミリュウの喉の中で鳴る。
 蹴りを入れられたミリュウが体をくの字に折り曲げ尻餅をつく傍らで、ニトロは即座にもう一方のミリュウに斬りかかった。軽く振った剣はあえなく防がれる。しかしニトロはその防御の――明らかに隙だらけな防ぎ方にまた一つ確認した。
(ほとんど素人だ)
 ミリュウ姫は、例え改めて仮想空間トレーニングで剣術を覚えこんできていたとしても、それを全く使いこなせていない。彼女の剣の扱い方は大雑把に過ぎる。斬りかかる時は大振り、防ぐ時は不用意。今だって柄を狙えば指を落とせた。それでも太刀筋はそれなりであり、非力ながらも“剣に振られていない”のは姉の剣術の真似事をした経験のお陰だろう。記憶の片隅には、王女に関する資料に描かれていたその風景がある。とはいえ、過去に培ったその基礎すらも、一撃で敵を倒すという気のはやりで台無しにしている。
(それとも、あえてそうして自分は本気で戦っていると『観客』にアピールしているのか)
 そしてもう一つ、ニトロには注目することがあった。
 防がれた剣を返して追撃をし、またそれをミリュウに“不用意”に防がれる。――その脇で、
「ッぐ! ――ッヒゥ ううッ!」
 胃と横隔膜へ大きな衝撃を打ち込まれた少女が這いつくばって悶絶している。
 額に脂汗を浮かべ、涙を流し、空気を求めながらも横隔膜の一時的な機能不全によってうまく息を吸えず、苦しみのあまりに大きく開かれた口から胃液の混じったヨダレを落として喘いでいる。
 それなのに彼女は――
「!」
 ニトロはついに確信した
 彼はアンドロイドのエンジニアにある信頼を寄せていたのだ。弟王子は姉の死を望んでいない。ルッド・ヒューランの証言からもそれは明らかだ。なら、いくら外面には見分けのつかぬ精巧の極みを与えても、“血”を良く観れば『オイル』だと判ったように内面には粗を残しているはずだと。であれば流石に胃液までは用意していまい。かつ、そこで苦しむ少女の脂汗と涙と胃液混じりのヨダレは、ああ、師匠に思いっきり膝をもらって悶え苦しんだ記憶を実に鮮やかに蘇らせてくれる。
 さらに決定的なのは、悶絶しながらもそのミリュウはこちらを猛烈に睨みつけているということだった。
 彼女の瞳は涙に濡れながら、苦悶には染まっていない。
 そこには怒りと、恐怖と、縋るようなあの懇願がある。さあ、今が好機だ、今こそ攻撃を仕掛けてこい、悪魔よ、わたしを斬り殺してくれ!
 ――間違いない、彼女こそが破滅神徒ミリュウだ!
「やああ!」
 ニトロの剣を防いだミリュウがカウンターとばかりに剣を振るってくる。やはり大振り。殺す気に逸る気持ちを抑えられぬ一閃。
 それをニトロは避けず、柔らかく剣で受け止めた。
 視界の隅にもつれ合って転んでいた“ミリュウ”と『ミリュウ』がこちらにやってきているのが見える。
 ニトロはミリュウの剣と己の剣を合わせたまま、鍔迫り合いの形に持ち込んだ。ミリュウはむきになって無謀にも押し返そうとしてくる。彼は冷静に過不足ない力でミリュウに対抗しつつ、目を合わせたまま、敵のつま先をぐっと踏みつけた。
「 」
 ミリュウが目を見開く。
 その瞬間、ニトロは渾身の力でミリュウを押し返した。ミリュウは彼の力に耐えられない。転倒することを避けるために足を引こうとするが、それが彼に踏まれて固定されているために動かせない。支えを得ることのできないミリュウはそのままおかしな角度で後頭部から倒れた。足首からもおかしな音がした。
 悲鳴が上がり――その悲鳴が濁る。
 悲鳴の質が変わったのは、先の失敗を反省し、自覚できない躊躇を心から消し去ったニトロの攻撃のためだった。冷徹に突き出された彼の剣は、倒れたミリュウの喉を貫いていた。剣を抜くと血が噴き出し、その血が口からも溢れ出す。
 ニトロは絶命の道しかないそのミリュウを捨て置き、その場から離れた。“ミリュウ”と『ミリュウ』の加勢から逃れながら、喉を突かれたミリュウが燃え出したのを目にし――そして仰天した。

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