あらゆる場所で、ミリュウ・フォン・アデムメデス・ロディアーナが語られていた。
 彼女の思惑、彼女の行為、彼女の彼女の彼女の彼女の――乱心が!
 一人の王女の乱れた心が、多くの人間の心を乱す。
 誰も答えを見出せない。
 あらゆる場所で繰り広げられる議論は堂々巡りし、頼りない推論は新たな推論を生んで支離滅裂な意見を構成し、結局困惑がそれらの口を閉じさせる。戒厳令でも発せられたかのように王家のあらゆる機関はこの件について沈黙している。超空間を跳ぶ船にいる天才に意見を求めても、その応答が返ってくるのは最速でも破滅神徒の示したタイムリミットの数時間前。今すぐ欲しい答えを賜ることはできない。
 王国の民は一種独特の焦燥に駆られていた。
 いやしくも我らが君主に連なる方の貴き命が懸かっている――その事実は、『ニトロ・ポルカト』の命懸け、とは別次元の意味を持つ。命は平等なのだと言う。なるほど命そのものは平等であろう。が、その命に人が付与する価値はどうしても平等とはいかない。ミリュウ姫は『王女』なのだ。次期王と目され、今後のアデムメデスに無くてはならぬと思われる少年がいくら命を懸けても、それとはまた違うのだ。ミリュウがもし大貴族の娘であればやはり話はまた違っただろう。が、ミリュウは厳然として王女なのである
 現実に生まれながらの王女様が我々の目の前で死ぬかもしれない――その事実の持つ衝撃は王を君主に戴く国の基礎部分に激しく浸潤し、国民の足元を揺らして激しく動揺させていく。
 動揺は混乱する思考をさらに惑わす。
 惑わして乱し、もう、誰もが答えを見出せない。
 解っていることは、ミリュウ姫がニトロ・ポルカトを決闘に誘ったこと。真剣の勝負を挑み、今は申し入れた側・申し込まれた側の両者共に沈黙を貫いていること。加えて、もしニトロ・ポルカトが勝たねば、王女が死ぬこと。
 そして、それ以上の事実確認を与えてくれる者は誰もいないということ。
 この状況は、当然の帰結として凄まじい苛立ちを招いた。
『ショー』への熱狂が激しかったがために、それは瞬く間に猛烈な憤懣ともなっていった。
 もちろん、憤懣の矛先はミリュウ姫に最も向けられていた。何か少しでも彼女からこの件への説明を聞ければ……しかし、彼女はシェルリントン・タワーから――まるで『ニトロ・ポルカト』のように姿を消してしまった。以降、王女の居所は誰も知らない。もしかしたら既に『霊廟』にいるのかもしれない。だとしたら、あの場所に赴き彼女を問い質すことのできる人間は限られている。王家の人間か、それとも『そこ』に入ることを特別に許可された人間のみである。しかし『そこ』に入ることへの許可を下せるのは王権を担う者か、王位継承権を持つ者のみである。そして王・王妃と第一王位継承者は国外におり、第三王位継承者も姿を消している。
 そうなれば、後はただ一人。
 そう、『ニトロ・ポルカト』――彼だけだ。
 誰でも判り切ったことに、頼れる者は彼しかいないのだ。
 その事実が、この件においては巻き込まれた“被害者”にすぎない――しかし途中からは積極的に参加していた主役である『ニトロ・ポルカト』に対しても憤懣の矛先を向けさせていた。
 何故、彼は挑戦を受けた時、その場でミリュウ姫に問い質さなかったのだ。
 何故、彼は挑戦を受けた時、その場で敵に決闘の受諾を返さなかったのだ。
 何故、何故、彼は、彼は、本当に次代の王か? あのティディア姫の恋人なのか? 一晩も考えねばこの異常事態に対応できないのか?――やはりこれまでのことはヤラセで、ミリュウ姫が切り出してきたのはシナリオ外の『本番』で、あの男はそれに慌てふためいているのではないか?――もしや今頃、王女との決闘などという大儀に臆病風を吹かし、“ボク”を守ってくれる芍薬ちゃんに安全な場所へ逃がしてもらおうと頼み込んでいるのではないか?――テレビのコメンテーターが生中継の討論会で掌を返したようにニトロ・ポルカトを卑しめ、それに対する批判のあまりに番組が終了する前に降板する騒ぎがあった。一方で常に彼を罵倒し続けていた狂信的な『ティディア・マニア』が支持を集めていた。そこかしこで身勝手な意見や中傷が大声を張り上げ出し、彼を貶める声を恥知らずと罵る怒りも烈火の勢いを増す。
 祭はもはや見る影もなく変質していた。
 収まることのない感情が軋轢を生み、齟齬を来たし、まるでミリュウに呪いをかけられたかのように皆が不安にも似た暗い影の中にいた。
 その暗闇はあまりに暗い。
 暗すぎて方向も見定められない。
 それなのに焦燥に駆られた人々はどうにか現状から逃れるために縦横無尽に走ろうとして転倒し続ける。
 だからこそ、皆、心から求めていた。
 毀誉褒貶が撒き散らされる渦の中、賞賛する者も毀損する者も、そこから逃れるためにはどうしたって求めざるを得なかった。
 そう、彼だけを。
 スライレンド王立公園の最も奥まったところ、公園として提供されていない王の私有地にある邸宅。92代王が友人の建築家・フィメックに建てさせた別荘。現在は一邸借り上げ型の宿として使われているその史跡で、激闘の疲れを癒している彼を。
 ここにきて、改めて、アデムメデスの誰もが心から思い知らされていた。
 結局、問題ばかり起こす王女達の何もかもは彼に任せ、頼るしかないのだ。それしかないのだ。
 だから皆、渇望していた。
 王の私有地内にあるため誰も入り込めず、不法侵入を企てたパパラッチも既に七人逮捕されたからにはどのような情報も期待できず、今、自分達にできることといえば、空撮のカメラを向けることしかない場所にある唯一の希望を
 ニトロ・ポルカトを。
 アデムメデスは、渇望していたのである。

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