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ミリュウは、夢を見る。
瞼を閉じて、現を見る。
――わたしは……弱い。
弱くて、脆い。
脆くて、醜い。
わたしは王女には相応しくない。
だけど、わたしはお姉様の妹だから。
誰も代わりにはなれない、お姉様の一番の妹だから、わたしは王女なのだ。
お姉様は誰をも愛しながら、本当は誰をも愛さない。
わたしもお姉様に利用されている。お姉様を助ける王女として。お姉様のためになる駒として。愛されながら、愛されていない。愛されていないのに、愛されている。
本当には誰も心に近寄らせないお姉様。
やがて、真実、女神となろうお姉様。
そんな貴女に最も近づくことを唯一許された存在だから、わたしは王女に相応しいのだ。
そう思っていた。
そう信じていた。
そうしてわたしは『わたし』でいられた。
だけど、もう、そうは思えない。
そのはずだった世界は、もう、そう在ってはくれない。
ニトロ・ポルカト。
恋人、夫とは名ばかりに、ただティディア姫の最も近くにいるだけの気に入りの従者となるはずだった男。
ただ、ロディアーナ朝歴代最高の女王の従者としてのみ戴冠を許される王となるはずだった男。
ニトロ・ポルカト!
お姉様はもはや女神ではない。お姉様はお前を愛したことで、女神には、永遠になれなくなった。全てに向けられ全てを見通すはずの瞳は特別な眼差しを産んでしまった。特別な眼差しにわたしは映らない。皆と同じように。全てはお前に注がれている。お前は未だ知らないのだろう、お前はわたしから『私』をも奪ったことを!
誰もが等しく女神に見守られているからこそ――その中で唯一女神に傍に近づけるからこそ、わたしは王女たるに相応しかった。そうでなければわたしは、もう、王女ではいられない。
王女に相応しくないのであれば、第二王位継承権の座にあるわたしは何だと言うのか?
ただ、ただただ神に見捨てられた方がどんなにましなことだったろう。
クレイジー・プリンセスの傍にいる『優等生』。
クレイジー・プリンセスの傍にある『歯止め』。
今となれば、なんと笑えない冗談か。
これからどうあろうとわたしは後塵を拝す。
どうしたって補助となる。
ニトロ・ポルカトの後ろにいる『優等生』。
ニトロ・ポルカトの後ろにある『歯止め』。
お姉様の補助であればどんなに嬉しいことだろう。だが、違う。もう違うのだ。わたしは、例えお姉様に見捨てられてもわたしに残るはずだった存在理由すら、これまでわたしの心を支えていた唯一の存在理由すら……ニトロ・ポルカト! お前に奪われてしまった。
スライレンドを救った勇者。
クレイジー・プリンセスを激烈に抑止し抱き止められる男。
敵のみならず観客ごと『劣り姫の変』を掌に乗せられる実力者。
笑えるだろう?
ミリュウ・フォン・アデムメデス・ロディアーナなどという名の安全弁が『ニトロ・ポルカト』に比してどれほどのものだと言うのか。補助として後ろにあっても、それは無いに等しいものではないか。比喩ではなく、実際に、無いに等しい……わたしと無はイコールで結ばれている。
――ああ。
わたしは……
わたしの女神様を奪い去られ、存在理由も亡くして、一体どうすればいいのだろう。
とうとうセイラにも去られた今となっては……もう……
……こわい。
怖い。
怖いのです、お姉様。
わたしは王女であるわたしが怖いのです。
貴女の妹であるわたしが怖いのです。
パトネトの姉であるわたしが怖いのです。
わたしは『わたし』が何より怖いのです!
どうかお傍に寄らせてください。
ニトロ・ポルカトに奪われてしまったその場所にまた座らせてください。
どうかわたしに……ニトロ・ポルカトではなくわたしに、その温かな眼差しをください。
お姉様――
あの独り過ごした宮殿の夜が、わたしを包み込んで寒いのです。
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