日没を迎えた地域の各所では、大勢の『プカマペ教徒』が祈りの言葉を唱えていた。小雨とはいえ雨の中、それでも人出は凄まじく、祈りの大合唱は活き活きとくにを賑やかしていた。
プカマペ様よプルカマルペラ
 我らが導神よプルカマルペロ
 我にティディア様の御加護をア・ヴィンガ・ウ・ウォルバル・ティディア
 我らはティディア様を讃えますアー・ヴォンガ・ウ・ウォルバト・ティディア――>
 しかし、その祈りは、今や当初の意義とはかけ離れた意味を帯びている。
 この祈りには、ニトロ・ポルカトを――女神ティディアを堕落させる悪魔を排斥しようという真の意図があった。それを解っている者は解っていたであろう。されど教団の祈りは真の意図を大きく離れた。祈りを唱える皆の声は、明るい。祈りの指導に立つ信徒らには未だ悪魔を打ち倒すことを願う底光りする怒気がある。それなのに、復唱する教徒達の声にはそれがない。以前には信徒に引きずられて沈んだ声もあったのに、その聞く影すらもなく、詠唱する教徒の声の全ては悪魔が女神と共にもたらすであろう栄光の日々への期待となっている。
 中には、もちろん、抵抗を続ける『マニア』達もいる。だが、それは異端である。狂信的な『伝説のティディア・マニア』が始めた祈りの中にあって、本来真の教徒であるはずの狂信的な『マニア』達はもはや完全に異端視されている。これは一体何の悪い冗談であろう。
<プルカマルペラ
 プルカマルペロ
 ア・ヴィンガ・ウ・ウォルバル・ティディア
 アー・ヴォンガ・ウ・ウォルバト・ティディア――>
 シェルリントン・タワーの王家控え室。化粧台の椅子に座り、執事に髪を梳かれながらミリュウが見つめるのは、鏡の右上隅に表示されるテレビ画面。そこには、スライレンドの王立公園の大広場で開かれている大祈祭が映っていた。
 音楽祭等様々な催し物も開かれる有名な広場は、雨降る中でも大勢の人で埋め尽くされている。
<プルカマルペラ
 プルカマルペロ
 ア・ヴィンガ・ウ・ウォルバル・ティディア
 アー・ヴォンガ・ウ・ウォルバト・ティディア――>
 広場の西端で跪く十人の信徒が説法の後に三度唱え、その背後で大集団を作る教徒らが三度復唱し――そこで終わるはずだった祈りの言葉は、しかし続けられた。
この人にティディア様の御加護をクゥ・ヴィンガ・ウ・ウォルバル・ティディア
 この人らはティディア様を讃えますゥグ・ヴォンガ・ウ・ウォルバト・ティディア
 誰かが唱えた。
 会に集まっていた大勢の教徒達が驚きざわめく。
<クゥ・ヴィンガ・ウ・ウォルバル・ティディア
 ゥグ・ヴォンガ・ウ・ウォルバト・ティディア>
 もう一度、誰かが唱える。すると、それに続けて大勢の教徒達も同じ祈りを唱えた。
 そして、歓声が沸き起こる。
 誰が率先して唱えたのか……それは、判りきったことだった。
「大当たり」
 ミリュウはつぶやく。
 セイラも見た。
 ミリュウの視線の先、カメラがクローズアップした『教徒』の存在。
 その男は十人の信徒達から最も離れた場所、広場の東端に位置する東屋にいた。
 広場の辺縁にはコンサートなどで使われる大型宙映画面ヒュージ・エア・モニターがあり、そこにニトロ・ポルカトとその戦乙女が映し出される。画面の中、ローブを脱ぎ捨てた主役は周囲の目と歓声を集めている――が、人々がそれを取り囲むことはない。むしろ歓迎しながらもさっさと離れていっている。解っているのだ、これから何が起こるか。解っているから、速やかに離れているのだ。
 ニトロ・ポルカトの周辺から群集が割れていき、信徒達の側からも群集が割れていく。それはまるで海が割れていくようであった。むき出しとなった海の底は、やがて中央で繋がる。数十秒のうちに、東端から西端にかけ、黄道に沿って作られたかのように長方形型の舞台が完成した。互いに短辺を背にして対峙する両者の激突を今か今かと待つ人々が、分かたれた海の飛沫となって潮騒を昂ぶらせている。
「パティ、凄いわ」
 ミリュウが振り返ると、パトネトは小さくはにかんだ。
 ミリュウの隣に控えるセイラも振り向きうなずく。テーブルにモバイルを置き、それを操作しつつ傍に映した宙映画面エア・モニターを“ながら見”にする幼い王子は、朝の段階で昼の舞台になるのはウェジィだろう、夕はスライレンドだろうと、ニトロ・ポルカトの出現地をことごとく当てていたことへの感心を一身に受け、はにかんだ顔をさらに輝かせる。
 世間(また、ある有名なブックメーカー)では、昼も夕も地味な書類作業に勤しむ王女の膝元、王城が次の出現地だと最も予想されていた。次点はニトロ・ポルカトが『隊長』と会話していたこともあり、ドロシーズサークル。三番手に第二王位継承者を最も挑発する意味合いのあるロディアーナ宮殿。夕に関してのみ、シェルリントン・タワー前も多くの人気を集めていた。もし、朝の段階からパトネトが賭けに最小金額で参加したとして、配当金を昼・夕と転がしていたら、それだけで四人家族でちょっと豪華な食事を楽しむことができている。そしてさらに一財産作りたいと思うのならば、食事を我慢してこの後の戦いは『教団の勝利』に賭けるべきだろう。
 パトネトは姉らと自分の間にある宙映画面エア・モニターで、こちらへ振り向いたままの二人と共に現場の様子を見つめた。
 信徒五人が膝を突いて賛美歌を歌うように祈り出している。残り五人のうち二人が神水ネクタールを飲み、肥大した体を祈る五人の盾として身構え、もう二人が槍を携える半人半馬の騎士となり、最後の一人が炎の獅子と電光の狼を現す。
 一方、ニトロ・ポルカトは覆面を被り、文字通り何でも切り裂く恐ろしいナイフを両手に構えている。芍薬は『クノゥイチニンポー』と称して頭上に“雀蜂”の一群を飛ばし、さらに袖の中から手品のように現した小型のアンドロイド二体――“戦雛いくさびな”と呼んだそれらを前面に配置した。その二体は男女一組で、夫婦のようであり、男は黒の、女は赤のキモノを着ている。それぞれ刀と長刀を構えており、白い紐を頭に巻き、同じく白い紐を肩と背に回す不思議な結わえ方をして長い袖を短くまとめていた。
 両陣営のどちらにも、初お披露目の戦力があった。
 しかし観客の支持を得ているのは明らかにニトロ・ポルカトとその戦乙女だった。
 二人の人気に加え、目に珍しい異国のエッセンスが支持を拡大させている。
 戦いの口火が切られた。
 果たして“雀蜂”と“戦雛”を芍薬がどのように操作するのか。また、ニトロ・ポルカトはどのように危険なアクションを成功させるのか。芍薬と共にどのようなコンビネーションで魅せてくれるのか。
 大きな期待と共に、安堵にも似た信頼感が次期王と戦乙女にはあった。
 が、それでも、少しでも“失敗”しようものなら、ニトロ・ポルカトもただではすまないであろう緊張感は残っていた。
 ニトロ・ポルカトと激突した半人半馬の振るった槍が、あの恐ろしいナイフの片方を半身から切り落としたのだ
 教団側の一本先取。ニトロ・ポルカトの攻撃力が半減し、驚愕の声がその場を埋め尽くす。
 ニトロ・ポルカトは一度退いた。彼を守るために芍薬が強引に敵を引きつけ、一時半人半馬二人を一度に相手する。さすがに分が悪く、芍薬が馬の蹴り足に体勢を崩される。そこに槍が迫り、しかし芍薬は辛うじて槍を脇に通してかわしきる。そこに炎の獅子と電光の狼が襲いかかった!――久々に生まれた次期王達の劣勢にどよめきが増す。
 パトネトは――
 信徒達に組み込んだのは自信のある戦闘用プログラムであるものの、この時点で敗北を悟っていた。

→6-8-eへ
←6-8-cへ

メニューへ