四日目の朝、曇り空の下、ミッドサファー・ストリートで開かれた祈りの集会に、ニトロ・ポルカトが『プカマペ教徒』の姿で紛れ込んでいた。
 それに気づいた四人の信徒との戦いは電撃戦であり、ニトロが一人を倒す間に芍薬が二人を、それから芍薬とニトロで一人を打ち倒した。
 彼がミッドサファー・ストリートに登場することは多数が『予想』していたことであったが、彼が祈りの集会の初めから最後まで教徒として参加していたことは驚きを呼んだ。さらにその驚きを超える“サプライズ”もあった。彼はローブの下に『トレイ』を携えていたのだ。ここに来て『トレイの狂戦士』――ここに来て意表を突く、その逸話の再現。そう、戦いは電撃戦であった! 狂暴な風が吹き抜けるかのように! ニトロ・ポルカトが特殊な合金製のトレイで信徒の攻撃を防ぎ、かつ打倒した瞬間は目撃者達に最高の興奮をもたらした。
 ニトロは戦闘後、信徒達の死へ追悼の祈りを捧げた後もミッドサファー・ストリートにしばらく居座り、さらなる信徒の攻撃を待っていた。
 だが、信徒は現れず、ニトロは何もしないのは退屈だと、サインや写真撮影等の観客の要望に応じた。彼が着ていた『教団変身セット』を携帯コンピューターのくじ引きによって手に入れた青年が約一時間後にオークションサイトに出品し、出品十秒後にそのオークションサイトのコミュニティ広場の掲示板に提供端末ファストフード・ストアから「早いわ!」と文句を書き入れたニトロ・ポルカトが「お前も早過ぎる!」と閲覧者の総攻撃を受けたのは良い小ネタである。
 昨日までの快晴が嘘のように雲の厚くなり出した昼。
 舞台はウェジィに移っていた。
 アデムメデスの目はニトロ・ポルカトに釘付けであり、宝飾の街で三人の信徒と半獣半人に変身した一人を圧倒的な力で調伏せしめた彼と彼の戦乙女にはため息が漏れるばかりであった。
 彼は戦いと祈りの後は老舗宝石店に入る余裕も見せた。彼が自らデザイン画を持ち込み作成の依頼をした『カンザシ』という異国のアクセサリーは、その日のワイドショーの大きな目玉となった。
 この頃には、また一つの大きな変化がアデムメデスに起こっていた。
 ワイドショーが取り上げた、ニトロ・ポルカトの手に入れようというアクセサリー。それを『目玉』と成らせしめた理由には、ニトロ・ポルカトに対する関心だけではない、それを贈られる芍薬自身への注目がマスターにも負けぬ凄まじい勢いで増大していたことがあった。
 あのクレイジー・プリンセスをして『戦乙女』と言わしめる芍薬は、今回の件において異名に恥じぬ活躍を見せつけていた。
 ニトロ・ポルカトの実力は確かであろう――が、彼が勝利を得られているのは、間違いなく芍薬の力があってこそだ。
 皆はすぐにそれを理解した。
 その活躍には使用しているアンドロイドと装備品の性能の助けもあろう、が、それを差し引いても芍薬は優秀である。異国の衣装が振りまく魅力と『クノゥイチニンポー』と総称する技の数々。軍や警察において戦闘に特化したA.I.にも勝るとも劣らぬ――ある専門家ははっきりと「勝る」と言い切った――的確な状況判断力と、本来不利であるはずの多対二という状況を多対二にしない戦況コントロール術は絶賛され、またそれ以上に、どんな危険を前にしようと、二人、息の合った連携を可能とするマスターとA.I.の信頼関係が(同時にA.I.とのコンビネーションを可能とするニトロの実力と共に)この上ない脚光を浴びた。
 ローカルテレビ局のA.I.情報専門番組のスタッフは以前から次期王のA.I.に関心を寄せていたらしく、これまでのイベント関係者等ニトロと芍薬の交流を見聞きした人間への地道な取材を元にした特別番組を作っていた。元よりニッチな番組であり、スポンサーとの兼ね合いで打ち切り直前であったため無念のお蔵入りの可能性もあったそうだが、これが絶好の機会と急遽放送し、何の宣伝もなかったというのにそれは主要テレビ局を足元にするほどの反響を呼んだ。
 ニトロ・ポルカトと芍薬への関心の渦は、狂騒と言っていいものであっただろう。
 いつしか芍薬とニトロとの良好な関係は、『人とA.I.の理想形』とまで讃えられていたのである。
 ……冷静に考えれば、いかに祭の最中とはいえ、ニトロ・ポルカトの持ち上げられっぷりは異常なものがあった。
 ――されど、冷静に鑑みれば、それは異常というよりもある意味で当然の成り行きでもあった。
 普段、ニトロ・ポルカトはメディアへの露出が少ない。彼がそれを望まず、彼の『恋人』もそれを尊重しようというために。
 しかし、当然、次期女王の夫候補である彼の情報を求める欲求は平時より常に高かった。ロイヤルファミリーには公人の面も多々ある。ニトロ・ポルカトという人間それ自体が興味の対象になるのは避けられぬことであり、通常であれば「我らの王に相応しいかどうかの選定のためにも」それなりの扱いを受けるものだ。ただし彼は優等生であり、ゴシップメーカーの側面もなかった。英才と言えなくも合格点には及ぶ学力があり、家庭環境にも問題はない(問題はないどころか、家庭環境のみに関して言えば超問題児を輩出し続ける現王家よりも信頼感がある)。その上、その気になれば絶大な影響力を行使できる『ティディアの恋人』の座にありながら増長することもなく、いつまで経っても彼は善良な常識人だ。そのため『ワイドショー系ニュースソース』としての価値は低く、それ故に、これまでは王家広報からもたらされる情報だけでも一定の満足が世に行き渡っていた。
 ――が、だとしても、やはり潜在的な飢えはあったのである。
 そして、今、飢えた耳目の前には食べ放題の『ニトロ・ポルカト』がいる。存在と活躍を知られながらも表には出ていなかった『戦乙女しゃくやく』までもいる。それどころか! これまでにない彼の“顔”が派手に披露されている。そうやって彼は――「我らの王に相応しいかどうかの選定のためにも」――その飢えの何もかもを満たす活躍を見せつけてくれている!
 なれば閉じられた蓋の下で燻っていた火種がようやく得られた酸素を貪欲に消費し、勢い猛烈に爆発するのは極自然なことであったのである。
 他方、その狂騒の裏で、もう一人の主役は王城で地味な公務に励んでいた。
 そして沈黙を破った『主役』とは反対に、主催者は未だに沈黙を守り続けていた。
 当初はそれも一興と受け入れられていた“沈黙”もさすがに不満を呼び始めていた――が、高まる不満も、面白いことに憤懣とまではならなかった。その理由は単純である。確実な“はけ口”があったのだ。
 王女は今夜、シェルリントン・タワーで姉に代わって定例会見を行う。その時には何かを告げることだろう!
 であれば、今はミリュウ姫の沈黙にじらされながら、うずうずと舌なめずりをしていればいいのである。その時を楽しみに、うずうずと身悶えていれば良いのである。
 それに、厳密に言えば、主催者は全く沈黙しているわけでもない。本人としては沈黙を守りつつも、劣勢極まるプカマペ教団のサイトは更新され続けていた。
 ニトロ・ポルカトと芍薬に信徒が倒されていく度、信徒のプロフィールがサイトに掲載されていた。信徒らにはいずれも『安っぽい』悲劇的なエピソードが添えられており、本来は安っぽいなりにも悲劇を背負う信徒を無慈悲に殺すニトロの“悪魔性”を強調するつもりであったのだろう。が、今となってはその安っぽさも、信徒らの『死』を悼むニトロ・ポルカトの姿勢を――哀れなほどに裏目にも――尊敬すべきものとして補強していた。そう、それは、戦いの後の祈りの後に読むことでまた、物悲しくも充足する活劇をより楽しむためのエッセンスとして『ショー』を盛り上げていたのである。
 それから忘れてならないのは、動画ページの中央、くにの各地の祈りを受けて次第に心音を大きくしていく動画だった。
 そこに映る何かの影。
 それは、教団の切り札であるのだろう。おそらくは『破滅神徒』なのであろう。皆は胸を躍らせる。あの『烙印』にも関係するらしいそれは、ニトロ・ポルカトとその戦乙女を相手にしても、きっと二人を苦しめられるくらいには強力であるのだろう!
 興奮と不満と期待が入り混じり、渦を巻いていた。
 もし演者が正しい流れから外れれば、演者を一気に飲み込み、二度と浮上できぬ水底にまで連れて行く大渦が、祭の熱が作る激しい上昇気流に生み出された雷雲と共にアデムメデスを包み込んでいた。
 星は回り、太陽は巡る。
 夕闇の迫る王都には、しとしとと雨が降り出していた。

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