「――さすがは『悪魔』よ。人心に取り入るはかねてよりの得意か」
 駅舎出入り口の庇の上に立つ三人の信徒、その中央に立つ者が一歩踏み出す。教団の黒いローブのフードの下は影に落ち、顔は見えない。しかしそれが『ミリュウ』の顔をしていることは明白であった。
「惑わされるな、我らが志を共にする者らよ」
 大きく両腕を広げ、ミリュウの声で信徒は言った。その声は万民に向けられながら、その眼はニトロを中心にして徐々に広がっていく『舞台』の前線の一画、『親衛隊』の指示に従い退きながらも酷評を受けた人形ひとがたを未練がましく掲げ続ける者らに向けられている。
「汝らが無念は我らが全て引き受ける
 それは、先にニトロが宣言してみせた言葉と同じ意図。その意図がじわりと浸透し、やがて『マニア』の群から歓声が上がった。そうだ、いかにニトロ・ポルカトが傲岸にも挑発してきたところで乗る必要はない。我らが女神を奪った憎き男は教団の神官・信徒らが神に代わって罰してくれる。我らはそれを応援するだけでいい!――と。
 他方、ここに明確に完成した『プカマペ教団VSニトロ・ポルカト』の構図に興奮した観客の歓声もそこかしこに上がっていた。『マニア』の歓声に張り合うように、『ニトロ・ポルカト』への応援の声も張り上げられている。
 またそれらの歓声の裏では、先ほどニトロが明かした“ミリュウの事情”からこの件がこのように囃し立てられるものではないと考え、どのような顔を作れば良いのかわからず傍観している者もいる。目立たぬが、ミリュウ姫のファンだろうか、歓声を止めるよう抗議している者もわずかにいるらしい。周囲の様々な空気のどれに賛同したものかどうかまごついている姿も、ローブを着た者らの中にある。
 しかし、それぞれの歓声の中に渦巻くそれぞれの思いは、一つの大渦としてまとめられた大歓声の中ではそれぞれの意味を何一つ保てない。この光景はカメラという強制的な視点を通じて、ただ盛り上がる現場としてアデムメデス全土に(同時に銀河に)伝えられているだろう。あるいは、多数のチャンネルの視点カメラを分析して“現場の正確な状況を探ろうという楽しみ方”への新たな燃料となっているか……
(何にしても)
 ニトロは、上空にたむろし、時に視界の上部をかすめるくらいにまで入り込んでくるマスメディアの姿を思いながら、
「引き受けて、どうするつもりかな」
 挑発的に、言った。
 といってもその声は軽々しい嘲笑を含むものではなく、低い声で、先までの彼とは違って戦意を前面に押し出したものであった。
 歓声が萎むように消えていく。
 軽く身構えたニトロの姿は、黒い戦闘服に漂う雰囲気とも相俟って、祭の最中にあっても触れれば切れる真剣の凄みを周囲に伝える。
「それを問うほどに愚かか、悪魔よ」
 信徒は言う。教徒らに向けるものとは違い、敵意をむき出しにして。
「決まっていよう。女神様のもたらす至福の世のために、貴様は存在してはならぬのだ!」
 そして信徒が懐に手を差し入れた――と、その瞬間!
「!!」
 信徒の顔面が爆発し、爆発に押し倒されるように凄まじい勢いで後ろ向きに転倒した。
 同時に観衆が揃って一音を発し、揃って息を飲む。
 倒れた信徒を、その両脇を固めていた仲間が頭だけを動かして見下ろす。二人の間からは細い煙が昇り、ゆらゆらとたなびいている。
 戦慄に、空間が凍りついていた。
 凍りつく空間の中心にいるのは、一体のアンドロイド。
 ここまでずっとマスターの影のように控えていた戦乙女――芍薬の差し上げられた右手に、数多の視線が集まっていた。
 引き金に象牙のように美しい指のかかる、光線銃レーザーガンがそこにあった。

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