城門の前で待ち合わせた芍薬と合流したニトロは、歩哨に立つ警備アンドロイドの横、リットルに頼んで門脇の隠し通路を開いてもらった。放蕩で知られる20代王が、帰城後即座に町に出られるよう作らせた地下通路。王城を紹介するパンフレットにも載るくらいに有名な史跡であり、公には出口は塞がれていることになっている路。
 ミリュウから仕掛けられる気配すら無いことにいくらか拍子抜けしながらニトロと芍薬は長い梯子を降りた。行き止まりである20代王が着替えに使った小部屋でlに隠し扉を開けてもらい、肌寒い地下通路を歩く。通路は王城を取り囲む公園の地下、城で働く人間のための駐車場に繋がっている。駐車場を守る警備兵の詰所の倉庫から抜け出てきたニトロと芍薬は、lが調整した通り(隠し通路を使用する時の約束事だ)巡回に出た人間の警備兵が詰所に戻ってくる前に手配しておいた飛行車スカイカーに乗り込み、王城近辺の駐車施設を監督するmlミリリットルの誘導を受けて地上に出た。
 そして、芍薬の操作で王都の空を目的地に向けて飛ぶ。
 一息ついたところでニトロは苦笑を浮かべた。
「俺は『悪魔』になり切れなかったよ」
 マスターと共に後部座席に座る芍薬は、彼の戦闘服の記録装置から『会談』の内容を得て――その中には極めて気にかかる大問題があったが、しかしそれは現時点では余計な事柄であり、そもそもニトロから持ちかけてこないならば話題にはしない――肩をすくめた。
「主様ハ『悪魔』ニ向イテナイカラネ」
 それは平静な返事でありながら、どこか嬉しそうな様子でもあった。
 ニトロは、芍薬がそう言ってくれるならそうなのだろうと、一度の対決で事を終わらせられなかった現実からどこか救われる気分だった。
「デモ、コレデ疑問ハイクツカ解決ダネ」
「うん。それに事件解決にも、もう少しの手応え」
「手応エ?」
 芍薬は意外そうに声を上げ、
「アッチハ折角ノ“目的達成”ノ手管ヲ自ラ放棄シテルヨ? 主様ニ協力スルノガ一番ノ近道ナノニ、コレジャア自分ノ意志マデマルデ反故ニシテイル。主様ガツッコンダ通リ『自己満足』以上ニ意味ノアル理由ハ作レナイ。ソレナノニ?」
 ニトロはうなずき、
「そうだけどね、でもミリュウ姫は『ティディアのため』を軸足にして『ティディアのため』に動いている。それが中心にあることも間違いない。本当に筋金入りの『ティディア・マニア』だよ。だから、自分で言っておきながら何だけどさ、本質的に自己満足ではあるんだろうけど、それでも自分のため――っていうのは実質的に二の次みたいだ。弱くなった姉の弱点を取り除くためにその原因を排除する・例えそれが姉の望まぬことであっても・それは姉のためになるのだから……姉に尽くす自分に陶酔する自己満足ナルシシズムって言ったらそれまでかもしれないけれど、だけど……『お姉様のため』って事に関してだけは、多分、彼女にはやっぱり自己満足を越えた純粋な自己犠牲精神があるんだと思う」
「ソレハ、直感カイ?」
「直感に理屈を少々」
 料理のレシピを読むようにニトロは言い、それから眉間を撫でながら顔を上向け、
「でも『姉のため』っていう理由が純粋じゃなくなってるのも事実だと思う。不純になってしまった原因がそこに“自己満足”が入り込んできたため――なのかどうかはともかく、なんて言うのかな、メビウスの輪みたいに、確かに一点では『純粋』なんだけど、辿っていった先では『不純』になってるって感じなのかな。しかも輪には色んなものがくっついていて、くっついているそれぞれが色彩乱雑に自分勝手に激しく自己主張している。喧々諤々、ニトロ・ポルカトを消せ、わたしは怖い、ニトロが許せない――でも彼女は“まとまって”いるんだ。彼女はまとまりのない感情を自律できてないようにも見えたよ。なのに彼女はまとまっている。何を本当の目的にしているのか判らない、そう思えるくらいには――目的を持っていると思えるくらいにはまとまっているんだ。多分『お姉様のために!』それが彼女をバラバラにしないでいる命綱なんだろうけど……そう思えば、ほら、『でもそれだけ?』と思えてならない」
 芍薬はうなずく。
「メビウスノ輪、ダネ。CPUガ煙ヲ吹キソウダヨ」
 ニトロは笑い、
「そして困った事に、『でもそれだけ』の先には、また裏返って『お姉様のために』が待っている」
「……複雑ダ……」
 芍薬は人間臭くため息をついた。
「文字通リ捩レテ、捻クレテ、ヒドク歪ンデル」
 ニトロもやれやれとため息をついた。
「複雑だよ。きっと俺が出会った人間の中で一番複雑怪奇だ」
「あたしニトッテモサ」
 そこでふと芍薬は小さく笑い、
撫子オカシラニ話シタラ、嬉々トシテ趣味ノ資料ニシソウダ」
 人間観察を趣味としている撫子の、平然を装いながら興味津々である姿を思い浮かべてニトロも笑った。『怪物』の理解し難い心理の渦に取り込まれそうだった思考がふっと浮かび上がる。彼は小休止に吐息も挟み、
「で。彼女は、俺に協力するのは嫌だけど、俺をティディアから離したい……そのための手段はいくつか考えられるけど、ここにきて直接ティディアに『ニトロ・ポルカトはお姉様を愛していない。だからお別れになって――』なんて説得をするはずはないし、できるはずもない。そもそもそんな説得に効果は期待できないし」
「バカガ帰ッテキタラ“事”モ仕舞イダカラ、ソンナコトヲスル時間モ機会モナイ」
「かと言って……」
 そこまで言って、ニトロは口に渋みを感じた。先ほどはあまりに浮かれて考えることもできなかったが、あのミリュウに“これ”を提案すれば、彼女が『敵』であるかどうかに関わらずそれだけで彼女の怒りを買うのは必然であった。
「これは失敗だったけどさ。『ニトロ・ポルカトはお姉様を愛していない。だから別れさせる――』なんてことを公の事実にすれば」
 芍薬はマスターの渋面に触れず流して、言葉だけを受け取った。
「姉ノ『恥』ニナル。姉ノ『嘘』モバレル。ソコニ主様ノ援護射撃ヲ受ケタラ、姉ヲ恋人ニフラレ続ケナガラ虚勢ヲ張リ続ケテイタ『痛イ女』トシテ強調シテシマイ『恥ノ上塗リ』マデサセテシマウ。ソノ選択肢ハ無イヨ」
 芍薬の徹底的な『当たり前っぷり』に、ニトロは感謝と不思議な清々しさを感じた。それを気持ちの良いため息として吐き出し、
「となれば」
「ヤッパリ主様ヲスノガ手ッ取リ早イ。ソレトモ、現時点デハ唯一カナ」
「殺意もしっかり感じたしねー。刺し違えてもって執念もあるみたいだ」
 ニトロは思い返した。
 ――『我らが女神、ティディア様を堕落せしめる悪魔よ』『我が女神を貶める悪魔』『女神を食い殺す』
 事件勃発当夜にハラキリがピックアップした、神官アリンの言葉。ニトロもその映像は見返したが、なるほど、あの神官の“説教”は、こちらへ「姉を弱した」と憤怒をぶつける妹の姿を思えばまるきり率直な主張であったのだろう。
「ただ……それで……」
 ニトロは大きな疑問を前にしてまごつくように口を動かし、
「『奪われた』神を取り戻せるのかは疑問だ」
 芍薬はうなずく。
「デモ、アッチハソレモ『解ッテ』イルンダロウネ」
 ニトロもうなずく。
 再びメビウスの輪が巡り、疑念と困惑の沼に二人の思口しこうが囚われそうになる。が、
「ソレニ――」
 一瞬の重苦しい沈黙も刹那に背後へ追いやり、芍薬は話を進めた。
「“取リ戻ス”ドコロカ結果的ニ姉ノ怒リヲ買イ『処刑』サレル可能性マデチャント解ッテイテ、覚悟モシテイルヨウニ思エル」
 処刑――それは決して第一の字義通りに死刑を指すのではない。しかし姉の怒りを受けた上で下された処分は、それがどのような罰であってもミリュウにとっては死刑に等しいであろう。ニトロは車の天井を見つめ、
「その場合、捉えようによっちゃ『殉教』になるのかな」
「御意。主様ヲ消シ、サラニ実妹ジブンヲ殺サセルコトデ“結果的ニ”女神ガ戻ッテクルナラ本望ダロウサ」
「結果的に、まあ、そうだね」
 人身御供という言葉がニトロの脳裏に浮かぶ。ひどく哀しい想いが胸の裏を引っ掻く。生贄には『烙印』が印されたという記録を思い出せば左手もちくりと痛む。
 彼は、しかしその感傷に囚われず話を進めた。
「だけど、ちょうど『ショー』の最中だ。それを狙うにしても表向きは事故死でくると思ってる」
 芍薬はうなずき、
「ソレナラ世間向ケノ言イ訳モ立ツシネ」
「王家の歴史にも汚点じゃなく『悲劇』として記載できる
「ソシテ、アノバカニトッテモ突然降リカカッタ『悲劇』トナレバ世間ノ同情モ引ケル。ツイデニ姉ノ経歴ガヨリ『ドラマチック』ニ、カイ?」
「筋は綺麗だ。悲劇の王女ともなれば人気もさらに突き抜けるだろうさ。おお、なんと哀れなティディア姫、悲しみに堪え民を導く貴女様の何と美しく何と神々しいことか」
 芍薬はマスターの投げやり感漂う演劇口調に苦笑した。ニトロは芍薬の苦笑が愉快気な苦笑いであることに満足しつつ、
「とりあえず、つまり、こっちの敗北条件は死亡“だけ”ってことらしい。引き分け、時間切れ、その他全部はこっちの勝ちだ。差し当たって気になるのはこの『烙印』とあっちの切り札だろう『破滅神徒』」
「ソレカラ、パトネト王子」

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