ティディアの私室を出てドアを閉めた時、芍薬はセンサーに動かぬ人影を捉えた。
 刹那に熱源を探れば、人間は廊下を『眺望の間』へ向けて進み出している。動いていないのは、アンドロイド――パトネト王子のオリジナルA.I.――フレア。
 芍薬はそちらへ一瞥をくれた。
 警備兵の制服を着たアンドロイドは、その瞬間、瞳に光を点し、即座に踵を返してマスターを追った。
「――ナンダイ?」
 アンドロイド間で一般的に用いられる通信帯域を通し、芍薬はフレアの呼びかけに応えた。
オングストロームハドウシタ?」
「サテネ」
「我ガマスターガ、気ニ病ンデイル」
 芍薬は考えた。あの王家のA.I.は、場合によっては『交渉材料』に使える可能性がある。しかし、人質というものを嫌う“我がマスター”がそれを許すだろうか。そして、気に病んでいるというパトネト王子の心境を――『敵』とはいえ――そのままにすることを善しとするだろうか。
 答えは、解りきっていた。
「死ンジャイナイヨ」
 部分的に答えをぼかし、芍薬はそれだけを明かした。
 そしてフレアとは逆方向に廊下を歩き、ニトロとの待ち合わせ場所へ向かいながら、
「オ前ノマスターハ随分優シインダネ」
「侮辱スルカ」
「イイヤ、正直ナ感想サ。セキュリティノアタッカーナンゾ死ンデモ当然ノ存在ダロウ?」
 それに応える言葉はなかった。
 互いに距離を広げ続けながら、やがて、
「貴様ハ、マスタートドレホド解リ合ッテイル?」
 あまりにも意外な問いに、芍薬の足が止まる。振り返るが、フレアはマスター共々振り返る気配もなく歩き続けている。
 芍薬は再び正門に向かい歩き――行く先の角から現れた巡回の警備アンドロイドと何事も無くすれ違い、
「『人並ミ』ダロウサ」
 フレアに答えた。
「ソウカ」
 するとフレアはそれだけを言った。
 それだけを言って、通信を切ってきた。
「……」
 芍薬は今一度立ち止まり、背後へ振り返った。見えるのは、規則正しい歩調で進む警備アンドロイドの背中だけ。フレアの姿は既に視野にない。マスターと共に階段を上る反応が感覚センサーにだけ見える。
 ――何故、ミリュウ姫に協力する王子のA.I.はそのようなことを訊いてきたのか。
「……」
 新たな問題を提起された芍薬は、しかしそれを面倒とも思わず早速解答候補の検討を始め……また同時に、幾らか訝しく思いながら内心でつぶやいた。
(ドウモ、アチラハ一枚岩ジャアナサソウダネェ)

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