「アイアイ、ソノマトメハぼくガシテオイタヨー」
 ニトロが牡丹を見ると、牡丹は“誉めてほしい”という顔をしている。
「ありがとう。牡丹が来てくれていて、助かるよ」
 牡丹は満足そうに満面の笑みを浮かべ、宙映画面を二つに分割した。
 プカマペ教団の『祭事』が映される画面が小さくなり、新たな画面にクロノウォレスの情報が映し出される。
 表れたのは、歓迎されるティディアの姿だった。
「うわ」
 ニトロはうなった。
 先に芍薬がティディアへの歓迎が大きかったことを示唆していたが、それを踏まえても予想を超えた歓迎されっぷりであった。
 それは記念式典へ招待した国賓を迎えるパレードの一場面。
 ティディアを乗せたオープンカーが進む道の両脇には、凄まじい数のクロノウォレス国民が詰めかけている。明らかに他のどの国の代表に向けられるものよりも大きな声が上がっている。
 本当に凄まじい。この歓迎されっぷりは凄まじすぎる。
 過去の記憶から王制・王族への拒否感を持つ民衆の反応とはとても思えない。それとも、拒否感を持つからこそ“特別な王族”へのこの態度なのだろうか。
 これでは、まるで、ティディアがクロノウォレスの王女のようだ。
 牡丹のまとめた映像には補足情報が記されていて、観衆のある所に『↓』が示されたかと思うと『失神者有り』と知らされる。一つ、二つ……五つ、まだ増えつつある。
 絶世の美女にして蠱惑なる王女を一目見ようとしているだけ――とはけして言えない大歓迎と大歓声は、アデムメデス人の心に響くものでもあった。
 あの偉大なる王女を戴く国の民であることへの誇りが自然にくすぐられる。
 そして、まるで「我らが子らよ、それを誇れ」とでも言うように、ティディアはクレイジー・プリンセスのなりを完全に潜め、派手でもなく地味でもなくこれ以上ないほど場に相応しいドレスに身を包み、気高い品と格と威厳とをまとい、慈愛と友好を伝える美しい笑みを湛え、完璧な立ち居姿で堂々と胸を張り、クロノウォレスの希望の道を神聖なる者のごとく進んでいる。
(なるほど)
 ニトロは、芍薬の言っていたことを改めて実感を加えて理解した。
 映像の中に良いタイミングで小窓が開き、先方国のメディアの様子が紡ぎ出される。アデムメデスの王女について語られるそこかしこでは暗に、または明確に『恋人』の存在が示され、その『夫婦』の治める国の未来と自国の未来をつなぐことで希望が描かれ、それはつまり――次代、次々代においてもクロノウォレスがアデムメデスとの末永い良好な関係を希望し期待していることを確実に示していた。
 牡丹は一方で反対意見も拾ってくれていて、ネットの片隅にはティディアへの熱狂は亡国への道であると非難している者もいるようだが、それも若い弱小国クロノウォレスが多大な利益を生む技術の利権を求める古狸や妖狐らを相手するにあたって、中堅興隆国アデムメデスの経験と勢いと第一王位継承者の国際政治力の庇護下にあるという現実の前では通用しない。事実、アデムメデスが交渉に加わることで国際的にクロノウォレスが利権を守れた“実績”もあり、ティディアをないがしろにすることこそ亡国への道だと反論されてもいる。
 そう――まさに現実として、アデムメデスに輝かしい未来を約束する女神は実例的にその威光をもって他星を照らし輝かせているのである
「……こっちの様子は?」
「コンナ感ジダヨ」
 今度は芍薬が宙映画面を操作した。三つ目の画面が現れる。さすがは芍薬、そこには、ニトロの思い浮かべた通りの光景があった。
 チャンネルはATV。雇われ名物キャスターが、クロノウォレスこくのティディアへの態度について熱っぽく語り、そしてそれをミリュウの『成長』に絡めてアデムメデスの栄光ある未来を強調している。曰く、
<我々は、歴史に残る『黄金期』の黎明を見ているのかもしれません!>
 映像が切り替わり、JBCSのベテランコメンテーターがスタジオのタレント・アナウンサーにミリュウの『成長』の意義を語っている。曰く、
<ミリュウ様はニトロ・ポルカト様と並んで『クレイジー・プリンセス』への歯止めとなりうる――そんなことまで予感させてくれたのです>
 さらに映像が切り替わり、他国にまで神威を広げる女神の威を薄れさせてはならない! と吹き上がる『ティディア・マニア』のサイトや『ミリュウ姫を味方した方が面白くなるだろう』というある種“判官贔屓”なコミュニティの反応、ケルゲ公園駅前での巨人との死闘以来動向を見せないニトロ・ポルカトへの文句も出始め、それに対して沈静化を呼びかける『ティディア&ニトロ・マニア』のサイトに、逆にそれに反発する『ティディア・マニア』の――……
 ニトロは、大きな吐息をついた。
 晴れやかな光が増すだけ、それだけも濃くなってきている。
「この辺で止まっておかないと、危ないね」
 ニトロは言った。
 その声には、いや、その前の吐息にも嘆きの響きはなく、ただ現実を前に淡々と対処する態度を示すマスターに芍薬は思わず微笑み、
「ソウダネ」
 始めに映された宙映画面の『プカマペ教団の祭事』は大歓声と熱狂をもって幕を閉じていた。ティディアを讃えた後、三人の信徒の姿がまるで魔法のように消え――光学兵器の応用だろう――その神秘性の演出に観衆が喝采を送っている。
「ヒョットシタラ『マニア』同士デ小競リ合イモ起キルカモシレナイ」
 ニトロの懸念を芍薬が追認する。彼はふむと鼻を鳴らし、
「そこまでいくと輪をかけて笑えないや」
「御意」
 敵の勢いの拡大を見ながら冷静に話をするニトロと芍薬を、牡丹は不思議な面持ちで二人を見つめていた。
「……何ダカ、他人事ミタイニ言ウンダネ」
 少なくとも芍薬は――牡丹の知る芍薬は、怒り心頭の態度を見せるはずなのにそれもない。
 牡丹の戸惑いに芍薬は微笑し、ニトロも眉を垂れ、
「他人事じゃないよ」
「ジャ、ナンデ?」
「現実は受け入れる、それだけだよ」
「ヨク……ワカラナイ」
「キット牡丹モソノウチ解ルサ」
「…………ナンカ、ズルイ」
 一人だけ除け者にされたような気がして、牡丹がすねる。
 その様子にニトロと芍薬は顔を見合わせ、また笑った。
 二人の姿にさらに牡丹が唇を尖らせぼくも混ぜろと“いやいや”をする傍らでは、クロノウォレスのジャーナリストが心身ともにひどく緊張し、蠱惑の美女へのインタビューを行っていた。どうやらこれはつい先刻の映像らしい。話題は妹姫、ミリュウのことに及び、ティディアは西副王都での妹を示して目を細め、
<私の妹は、偉いでしょう?>
 そのセリフを傍耳にして、ニトロは思った。
 きっとミリュウはこの言葉を聞き感激していることだろう。それなら彼女がまた勢いづくことも視野に入れておかねばならない――と。

 そして、実際――

私の妹は偉いでしょう?>
 ミリュウはニトロの思う通りに感激に身を震わせていた。「よろしゅうございました」と繰り返すセイラの言葉を受けながら耳まで紅潮させて涙ぐみ、人生最高の時を謳歌していた。
 誰が名付けたか『劣り姫の変』。
 二日目は、ティディアの栄光がアデムメデスを照らし、その光の下でミリュウ・フォン・アデムメデス・ロディアーナの存在感が増し、王女姉妹の間にニトロ・ポルカトが漂って……そして、夜を迎えた。
 蒼と赤の双子月が天に掛かる。
 美しい満月の夜だった。

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