「母ですか?」
「何で話に出てきたんだ?」
 公式レポートには王女と前駐クロノウォレス大使(現クロムン&シーザーズ金属加工研究所特別顧問)との会談が記載されており、そこに『ラン・ジジが随行リストにないのはどういうことかと先方に責められました』という前大使の言葉があったのだ。
「芍薬に聞いてません?」
「そこらの記憶メモリは封印されてるって。そっちのプライベートだろ?」
 ハラキリはああとうなずき、
「ニトロ君は、クロノウォレスが独立する前に起こった『呪物』絡みの事変については?」
「前は王制で、悪政凄まじく、革命を起こされて王族は皆々追放された。しかしそれが呪物を拾って舞い戻ってきた。たかが数十の元王軍はんらんぐんに新たな国は蹂躙され、さらに呪物が暴走したことで地獄と化した――そんなところだったっけ」
「答案用紙では丸です」
「ありがとう。で?」
「で、その事変の渦中に母と父も身を置いてまして」
「え!?」
 ニトロは目を丸くした。さすがに驚かずにはいられなかった。
「で、その暴走を止めるのに母と父も一役買いまして」
「ええ!?」
 さらに驚愕し、ニトロはお目々もぱっちりにハラキリを凝視した。
 ニトロの脳裏に、ティディアが向かうにあたって調べたアデムメデスとクロノウォレスの記録が蘇る。
 王制を廃し新たな民主制国家として承認されたかの星の復興を助けるため、全星系連星ユニオリスタの一員としてアデムメデスも様々な活動をしていた。資金援助、人的支援――そう、人的支援。かの国の『事変』にはアデムメデスの人間も数多く巻き込まれたのだ。しかも……運が悪かったとしか言いようがない、『反乱』の火蓋はアデムメデス人の多く居る町で切って落とされたのである。我が邦人の多くが犠牲になった。彼ら彼女らは事変中にも長くクロノウォレスから脱出できず、そのためアデムメデスは自然とこの件に長く深く関わることになり、クロノウォレスの応援要請を受けた全星系連星軍にアデムメデス軍が大きく参加したことまでニトロは思い出し――しかし、
「でも、そんな記述はどこにもなかったぞ?」
 事変は結局、神技の民ドワーフの派遣したトラブルシューターが率いる全星系連星の一隊とクロノウォレスの政府軍が呪物を破壊することで解決を見た。当時のクロノウォレスの政府軍はほとんど民兵組織だったというから、そこにアデムメデス人が紛れていてもおかしくはない。が、全星系連星軍のその一隊はどの国にも属さない人間で組織されており、当然アデムメデスの軍人だったというハラキリの父がそこに紛れているはずはなかった。
 ハラキリは軽く肩をすくめ、
「単純なことです。書かれてないだけですよ」
「……ああ」
 言われて見れば、それは確かにそうだろう。歴史の教科書に戦に勝利した指揮官の名が書かれていても、その戦で最も働いた兵の名が記されることはなかなかないものだ。
「けれど『協力国』――にはアデムメデスの名が一番に記されていたでしょう?」
「……ああ、全星系連星の次に書かれてたね」
「父は一兵卒に過ぎませんでしたし、母も公に名が記されることを特に嫌いましたし、何より、戦場の混乱と言いますか、込み入った事情も絡んだようですからね。ですので、クロノウォレスができる最大の敬意は、つまりそういうことです。
 まあ、一番に名を上げられたことには、もちろん事変後の復興のためにアデムメデスの多大な協力がいち早くあった――という理由も含まれているんですがねえ。あの国はあの事変の影響もあって『王制』に未だアレルギーみたいなものがありますから、うちだけですよ、王族で式典に招待されているのは」
 後半はセスカニアン王室の人間への――マードールの今回の行動の背景への――軽い当てこすりもあるのだろうが……しかしそんなことは、正直どうでもいい。
 ニトロは呆気に取られていた。
 前大使は、ハラキリの母のたっての希望で、彼女が私的に一足先に向かうのだと先方に説明することでようやく難を逃れたと笑っていた。何故そこまで言われるのかと思っていたが、事情を知ればそりゃあ当然というものだろう。きっと、クロノウォレスの“上層部”にも知己がいるはずだ。
「ジジ家はなんていうか……凄いな、色々と」
「そうですか?」
「お前だって呪物の暴走を止めたんだろ? 二代にわたって、サラブレッドみたいなもんじゃないか」
「拙者が関わった『暴走』はレベルも最下位、ただのトラブル程度に過ぎません。そのように言われるほどではありませんよ」
「でも、事実だろう?」
 素直なニトロの感心の眼差しを受け、ハラキリはそれ以上の否定は謙遜ではなく嫌味になりそうだと言葉を飲み、
「そう言われれば、そうですね」
 一つうなずきを挟み、少々面白くなさそうな目を向けているマードールに一瞥をくれた後、
「ジジ家は呪物に妙な縁があるのかもしれません」
 と、笑った。
「特にお前はな」
 するとニトロにそう返され、ハラキリは眉根を寄せた。
「? 何故です?」
「それが両親の出会いだったんだろ? なら、呪物がなければハラキリ・ジジはいなかったんじゃないか」
「……はあ」
 ハラキリは生返事にも似た声をニトロに返し、直後、苦笑した。
「ニトロ君は恥ずかしいことを平気で言いますねえ。やはり、お父上に似ている」
 昨夜の『カエルの子はカエル』の話を蒸し返されて、しかもそれが、今の発言を鑑みれば反論のできない指摘だったがためにニトロはただ「う」とうめいた。
 マードールが小さく笑い、そしてすぐに顔をしかめて黙り込む。注意を引かれたニトロが視線を向けると、彼女は気づき、虚勢を張るように胸を張った。
「それにしても遅いですね」
 と、そこにハラキリが――またも、まるでニトロの注意をひきつけようとしているように口を出した。
「一体何を注文したんです?」
 ニトロはハラキリに目を戻し、にやりと口元を歪めてみせ、
「ちょっと我儘な客になってみたのさ」
「?」
 ニトロの応えにハラキリの眉根に『?』が刻まれる。マードールも、その硬い表情に動きはないが、同様の思いであるようだった。
「ソノ我儘ガ叶ッタヨ」
 ハラキリとマードールの疑問に答える声が、ニトロのポケットの中から響いた。
 直後、部屋のドアがノックされ、ニトロがそれに応えた。
「どうぞ」
 ドアを開き、ウェイター服に身を包んだアンドロイドがワゴンを押して入ってきた。ワゴンの上には大きな果物かごがあり、様々な果物がこんもりと盛られていた。特徴的であったのは柿の数が目立つことと、そして種類は樹木に生る実に限られていることだった。
 かごがニトロの前に置かれ、ワゴンの下部に納められていた食器がやはり彼の前に重ねられる。
 アンドロイドは一礼をし、ワゴンを押して去っていった。
 ドアが静かに閉まるのを尻目にウェットティッシュで手を拭くニトロを、皆が見つめていた。
「さて」
 ニトロは立ち上がった。その手には曇りの一つもない果物ナイフがある。

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