「思った通り」
 ミリュウは、目を細めた。
 早速、七つのサイトに動きがあった。
 思った通りに『同調』してくれたが、しかし、思ったより数が多かった。表示されるサイトが変わり、どんどん数が増えていることを知る。もう少し冷静な思慮を『マニア』は見せるかと思っていたが……いや、これはそれだけ
「お姉様にメロメロ――ってことね」
 そう、盲目的に。
 だが、盲目的で過激なマニアであっても、現在は表立ってニトロ・ポルカトを攻撃することは難しい。昔はたまにあったという彼らの暴挙暴走も、戦乙女芍薬が現れ、狂戦士の戦果が示された頃から著しく減少し、さらにはニトロ・ポルカトが獣人をノックアウトしたという『噂』が立って後には見聞きしなくなった。
 スライレンドの一件も考慮に入れれば、今更実力行使をもってニトロ・ポルカトをティディア姫から引き離そうという者はいまい。
 しかし今現在はプカマペ教団という『前衛部隊』がいる。後方で“応援”をしたところで、ニトロ・ポルカトの反撃は彼等には絶対に届かない
 無論この状況は祭に乗じてただ騒ぎたいだけの者も動かすだろう。お姉様への愛もなく、忠義もなく、ただ己の憤懣を発散させたいだけの者らも騒ぎ出すだろう。
「それでも、いいけれど」
 鼻歌混じりに、ミリュウはエア・モニターに現れたメッセージを見て、操作を加えた。
「どんな参加理由だろうが、ニトロ・ポルカト。お前にとっては呪詛の輪に違いないもの」
 都合良く顔を隠せる――あの衣装を選んだのはそれを見越してのものだった――『教団変身セット』もある。身分を知られずに騒げるとなればより参入も気安かろう。
 とはいえミリュウは、これほど思惑通りに事が進むとは考えていなかった。
 本来わたしのコントロールが効かない手段であったこの『搦め手』が、思惑をはるかに超えて上手く動作した。――それはつまり、全ての『流れ』がこちらに向いているということだ。彼女にはそう確信できる。
 エア・モニターは再び一つにまとめられ、王立放送局のニュース番組を映す。
 アナウンサーは、ティディア姫がクロノウォレスに到着したことと、着陸に先立ってクロノウォレス領宙内で行われた――先に先方国で取材をしていた記者らとの簡易な会見に臨む王女の姿を伝えていた。
 会見では、まず当然のように『ミリュウ姫の行動』についての質問が飛んだ。王立放送局の記者が忌憚無く問う。実はこれは、クレイジー・プリンセスが黒幕ではないのか、と。
 ティディアははっきりと否定を返した。私は知らない、妹が言っていたことが真実だ。
 会見場に動揺が走った。それはミリュウという王女の行動が“お姉様”の命によるものではないと知ったためではなく、むしろこの件にあのクレイジー・プリンセスが無関与であることへの驚きだった。
 ではどうするのか、このまま放っておいていいのか、本来、窘め止めるべきではないのか――という質問に、王女は笑って言った。
<何にしたって、ニトロなら大丈夫。彼は私がいなくても問題を解決できる人だから。私の助けなんかいらないでしょう>
<助けを求められたらどうなさいますか?>
 王立放送局の記者とは別の者が質問した。それはおそらく、ティディアの言葉尻に反射的に出た問いだったのだろう。ティディアはさらりと答えた。
<求められないと思うわ>
 それがあんまりあっさりとしたものであったためか、質問をした者が――ミリュウは思い出した。ATVの、攻撃的な質問で相手を煽る手法を好む記者だ――さらに言った。
<では、求めてきたその時は、ティディア様のお想いをニトロ様が裏切ったということになるのですね>
 何という幸運だろう! その意地悪な質問は、わたしの希望に沿うことを姉に訊いている。
 期待に胸を膨らませて待っていると、ティディアは笑顔のままに答えた。
<そうね。彼には失望させられたくないから、そうならないことを祈っているわ>
 ミリュウは姉のその返答に大いに歓喜した。
 しかし画面の中では、記者が全く煽られぬ王女に微かな苛立ちを見せている。
<ミリュウ様がご乱心なされたという可能性は?>
<乱心?>
<御兄姉様方のように>
 一瞬、会場がざわめく。
<これはティディア様の責任ではないのですか? しかもニトロ・ポルカトという『一市民』がその餌食となろうとしている。それを見過ごそうというのは次期女王としてあまりに無責任極まる態度ではありませんか?>
<んー? それは貴方の単なる『思いつき』をあまりに決定事項としている質問じゃあないかしら? それとも貴方の話には、何か貴方が責任を取れる根拠でもあるのかしら>
 王女の毒を盛った冷静な切り返しに、記者は怯んだ。しかし彼は厚顔無恥を地でいく記者だ、責任を問い返されたくらいで怯むような者ではない。それなのに気を飲まれたのは――それも彼だけでなく会場の息が止められていたのは、王女が今にも舌なめずりをしそうに歪める唇、その微笑にあった。
<でも、そうね。もしあの子が乱心したのなら……ちょっとこれからが楽しみ。そうは思わない?>
 記者を見るティディアの眼は、さながら悪夢こそ望むかのように危うい恍惚を孕んでいる。
 ミリュウはゾクリと心を震わせた。
 魔を帯びた蠱惑の美女に直接瞳を覗き込まれた記者は、実際に寒気までをも感じたのだろう。明らかに震えた声で、否定を返している。
 ティディアは余裕に満ち溢れた態度を崩さず、にっこりと笑みの質を変え――そして言った。
<それに、ミリュウが乱心したのだとしても、そうでないにしても、あの程度のことはニトロに全部任せておけば大丈夫よ。私は後始末をするだけだから、楽でいいわ>
 ――その後は、クロノウォレスまでの道中、随行者との懇談などについての質問が続いた。
 もう、詳しく聞く必要はない。後でセイラが持ってくる情報と王家広報が公に配信する報告書を読むだけで十分だと、ミリュウはエア・モニターを消した。
「……ふふッ」
 ミリュウは、堪えきれずに笑みをこぼした。
 うん、と、伸びをして、また笑う。
 ああ、お姉様のご判断に、わたしはちゃんと追いつけていた。わたしの渾身の『あの程度のこと』――わたしは、お姉様がそれ以上にもそれ以下にも判じぬ程度にしっかり合わせられたのだ。
 そうでなくては意味がない。
 その上……ああ、ああ! その上、お姉様はわたしの心から望むお言葉をくださった!
 ――失望させられたくない――
「ふふふ」
 ミリュウは得意の絶頂にあった。
 冴え切った思考が、姉への愛と姉から与えられた歓喜をこれまでになく実感させる。愛と歓喜に満ちた体が、姉に抱かれている時のように熱くなる。
「あははははは」
 自然と溢れ出した笑い声に肩を揺らし、ミリュウは青く清い空を見上げた。
「素敵。どんどん楽しくなっていく」

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