「あれで、王位継承権移譲に関わる論争が変わったでしょ?」
 きっと、ディエンにもそのようなことを吹き込んでいたのだろう。
 実際、あの発言のために、ロイスとディエンの両者間のみにクローズアップされていた論争は、ソニアやティディアお姉様、それにわたしと末弟をも含めての論議となっていった。そう、いつの間にか、二王子間の比較論争は、改めて王位継承権の意義を問うものへと変化していたのだ。さらには、大人の対応を見せたディエンへの支持が、それまで上に下にと燻っていたのが嘘のように急激な右肩上がりの線を描いた。
 お姉様から『女王に相応しい』と名指しされたソニアは、その支持の増加に浮かれるディエンを心地良く見守っていただろう。
 長姉の氷でできた瞳と呼ばれた冷たい眼差しも、唯一、ティディアお姉様に対してのものだけは色が違っていた。
 それもそうだろう。ソニアはきっと確信していたはずだ。誰が何を言おうと次期王位は自分の物だと。そしてそれは『ティディア』の言葉の通りに、と。この便利な『妹』は、私に王冠を運ぶために神が使わしたのだ――と。
 事実、ディエンは第一王位継承権を二年の短さで失った。
 再度の大スキャンダルによる王位継承権移譲の大問題は、さして大きな論議にはならなかった。むしろ二年前のティディア姫の予言が的中したとして大きな騒ぎになっていた。次兄をなじる声よりも、お姉様を讃える声が大きかったことを覚えている。その頃、ティディアお姉様は、既にそれほどの影響力を持っていたのだ。
 新たに第一王位継承権を手に入れた長女ソニアは、一目見ただけでその冷ややかさがゆえに心に焼きつく美貌を誇り、『水晶の美女』と呼ばれていた。言動の端々に表れる傲慢さと権力への志向性から国民の反感を買いながらも、それでもカリスマ性は二人の兄らのそれを軽々と凌駕し……日々次期女王としての王威を増していた。
 長姉の問題発言は、数多い。
 けれど、どんなに民を見下した言葉を発しても、ティディアお姉様がフォローし、健気に取り繕うことで民の反発を緩和していた。
 わたしは、その頃にはもう不思議には思わなかった。
 お姉様が、どうしてあのような人でなしどもを兄姉として“慕って”いたのか。
 ソニアは安心しきっていただろう。
 まだロイスが第一王位継承者だった頃、一度、ソニアがわたしに詰問したことがある。
 ティディアの『夢』を聞いたことがあるか、と。
 わたしは長姉の恐ろしさに負けて答えた。はにかんでお姉様が言った「いつか『夫婦漫才』がしたい」という言葉――「それがきっと私には一番難しい。だって、ミリュウ。人を笑わせるって、それだけでもとっても難しいのよ?」
 長姉は嘲笑していた。
 わたしはそれが許せなかったけれど、長姉が恐くて何も言えなかった。わたしにそのことを聞いたお姉様は、笑ってわたしを慰めてくれた。それでいいのよ――と。
 ソニアは安心しきっていたことだろう!
 結局、ソニアが第一王位継承権の座に居たのも、一年という短い間。
 最後には、そう、最後には第一王位継承権はあるべき者の手に納まったのだ。
 三度目の――それも五年という短い間に繰り返された王位継承権の移動に対しての議論や反発は、異常なほどに見当たらなかった。
 理由は二つある。一つは辞退の理由がソニアの『病気のため』であったため。もう一つは、何より、とうとう誰もが望む人物が次期女王の座につくことになるため。
 三度目の大事件は、大いなる歓喜を持って迎えられていたのだ。
 第128代王の名の下に行われた三度目の王位継承権移譲の儀式は、ほとんどお祭騒ぎの中で執り行われた。それは歴史を振り返っても異常な盛り上がりであった。
 それが――
『クレイジー・プリンセス』のデビューにより、わたし以外の誰もが度肝を抜かれる三ヶ月前のアデムメデスの様子だった。


..▽ ▽ ▽ ▽ ▽

→5-1-cへ
←5-1-aへ

メニューへ