「君が、君だけじゃなくて君の一家がアデムメデス王家に関わったらきっと良いのに」
「ごめんです」
即、断じて、それからニトロは、
「それに、その王家の一員からノーを突きつけられてるのに良いも何もないでしょう?」
「ノーか。
やはり、そういうことなのだろうな」
その微妙な発言に、ニトロは眉を跳ね上げた。
そういえばこのセスカニアンの王女はアデムメデスの王家と親交が厚い。ミリュウ姫と直接言葉を交わしたことも一度や二度ではないだろう。
「殿下ハソウ思ッテイナカッタト?」
と、目ざとく芍薬が口を挟んできた。
「チョウド個人的ニオ訊キシタイト思ッテオリマシタガ……『劣リ姫』ノ所業、マードール殿下ハ――個人的ニハ、ドノヨウニゴ覧ニナッテイルノデショウカ」
あえて『劣り姫』という“別称”を用いてきた芍薬をマードールは面白そうに見つめ、
「なるほど、君は忠臣だ」
マスターが何を言うより先に問うたオリジナルA.I.に誉れを向ける。
小さなことだが、これをニトロが問うていればセスカニアンの王女への助力の要請という形にもなる。その上、他国の王女に自国の王家の情報を提供することを求めるのは、ニトロの現状からすると少々道義的なところで複雑に厄介だ。
しかしオリジナルA.I.個人の興味に落としこめばそこを突かれる隙はない。さらに『劣り姫』という別称を用い、また念入りに“個人”に限定することでどうしても公的な側面を持つマードールを強いて『個人的な世間話』に付き合わせる形に落とし込み、何か問題を生んでもA.I.に責を集めれば概ね解決する……というレベルに物事が整えられている。
マードールは芍薬に撫でるように指を差し出し、言った。
「出際に、ウチの予知能力者から託宣があった。曰く『姫君在り、ニトロ・ポルカトに悲劇有り』」
予知能力者にも種類があり、そのほとんどは曖昧にして断片的な情報の先取り……という形であると聞く。極々稀に、数年前に死去したセスカニアンの大長老のように、まるで映画のトレーラーのように比較的長い期間でより正確に未来を予見する者もいるらしいが、大抵はマードールが口にしたように、そうなることが分かったとしてもそれだけでは解釈余地の広すぎて役に立たない一言二言を示すらしい。実際、彼女の聞いた託宣も、それだけではミリュウとの事か、それとも『渡り姫』自身がニトロにもたらした重い現実の自覚の事を示しているのか判別がつかない。また、予知した未来は“予知されたこと、そのために”変化する可能性もあるほどデリケートなものだという。
なるほど方針を定めるには最適だ、しかし予知能力者の存在が認められながら世界の覇権を握る国がないのはそういうことだ――という古典の一文を思い出し、ニトロが誰に対することもなくうなずく。
と、それを見て、マードールが次の句を告げた。
「個人的には初報を観た際、クレイジー・プリンセスの悪ふざけが最も大きく頭に浮かんだ。託宣の悲劇はまさに『劇』だったか、恋人の厄介な性癖に彼がまた苦労させられているぞ――と、失礼ながら心から楽しんでいた」
ニトロから目を外し、芍薬の眉がひそめられるのを見ながらマードールは続ける。
「だが、ハラキリ・ジジの反応から、これがただ事ではないと悟った」
ニトロと芍薬の目がハラキリへと飛ぶと、彼は肩をすくめて視線に応えてきた。それは照れ隠しなのか悪びれる風もないのか――その判断のつき難い態度の通り、普段は人に考えを読み取らせない彼が、友の事情を他人に悟らせるような反応を示すのは珍しい。
当然マードールの『お兄ちゃん攻撃』にやりこめられていた影響もあっただろうが……しかし、ニトロは何だかんだ言いつつも友が本当に心配してくれていたのだということを知り、嬉しかった。
「きっと妾は、託宣とこいつの反応がなければ、未だにミリュウ殿下が姉を黒幕にしているか、それともただ姉の真似事を君に仕掛けたと思い込んでいただろう」
そして、マードールは言った。
「しかし誤解を逃れ得ても、事の因果を掴めるほどの理解を得たわけではない」
少し残念そうに眉を垂れて芍薬を見る。
「すまぬな。君に期待されているような目新しい情報を妾は与えられまい。おそらく何を予想しても君達の考えの範疇、その解釈違いくらいにしか届かないだろう」
そこで彼女は、ふと一つ長い息をつき、
「ただ、やはり、あの子が姉の真似ではなく己の意志であんなことができるとは思っていなかったな。とても驚いた」
そう言ってマティーニを飲み干し、次にプリティー・ドールを頼む。
「何故デス?」
芍薬が問うと、マードールは不満の目を芍薬に流した。それを観て、芍薬が言い直す。
「何故ダイ?」
素直な応えにマードールは微笑み、
「あの子は、臆病な子だよ。会う度に、いつも何かに怯えているようだと思わされていた。無論あの子はそれを表には出してはいなかったが……まあ、印象論というやつだ。本来の性格的に、あの子は王女には向いていないのだろうな」
「ソレデモ、彼女ハ王女ダ」
ニトロは芍薬の言葉に、ミリュウの姉が、妹に対して同じことを言っていたことを思い出した。
「……そうだな」
カクテルグラスに注がれたプリティー・ドールがすっとカウンターを滑り、それを受け取ったマードールが早速口をつける。
「頑張っていたよ。ミリュウ殿下は、あのとんでもない姉を持つ身でありながら、どうにか潰れることなく王女をよく務めていた。他国の人間である妾から見ても、よくやっていたと思う」
グラスを置き、彼女は、ふと小さく笑った。芍薬を見つめ、
「秘密だよ?」
と、人差し指を唇にあて、片目をつむって彼女は続ける。
「しかし、妾はあの子が好きじゃなかった」