「『お兄ちゃん』とかあの『妹キャラ』は、身分を隠すだけでなく、その時の個人的な仕返しも兼ねていたわけですか」
「ご名答」
 マードールは笑った。
「そのためにもハラキリ・ジジを案内人に希望してな、嫌味なほどマイペースなこいつにとことん嫌がらせしてやろうと画策した。しかし妾には妙案が思いつかぬ。そこでティディアに相談したところ、『お忍び』の変装がてら――と手を講じてくれたわけだ」
 したり顔のマードールは満足そうに笑みを深める。
「お陰でここまで我儘三昧、実に楽しませてもらった」
「真面目にあんな妹がいたら、きっと拙者はグレて家を出ていたでしょうねえ」
 しみじみと言うハラキリに、マードールがきらりと目を閃かせる。
「やだ、お兄ちゃんたら酷い。こんなに可愛い妹をつかまえて。人前で“アーン”だってしてくれた優しいお兄ちゃんは――すっごい顔してたけど――どこに行っちゃったの?」
 それにしても器用に声色と口調を急変させるものだ。極自然と『キャラ』を演じ分ける彼女とハラキリの道中を思えば、なるほど、これまで彼が顔に浮かべていた苦々しさの全てが手に取るように理解できる。
 だが、ニトロは笑えなかった。マードールの言葉が嫌に耳に引っかかる。そのためにもハラキリ・ジジを案内人に希望した――そのために“も”希望した。その重要度は、明らかに下位だ。
 一方、意外なことにハラキリは微笑んでいた。どうやら彼と王女の歪な兄妹関係に大きな変化が訪れたらしい。ねえねえと肩に頬を寄せる『妹』へ妙に穏やかな笑みを送っていた彼が、すっと笑みを消し、そして、鼻で哂った。
「アシュリー、お前ももう淑女レディとなる歳なのだからそういうのはよしなさい」
 鼻で哂われた上に窘められたマードールは、甘えの仕草をぴたりと止めてハラキリを上目遣いに見つめた。その柳眉がひそめられ、
「……ちょっと思ってたけど、やけに強気になってきたじゃない」
「ニトロ君の前で恥ずかしい思いをさせられましたからね、もう吹っ切れました。それにニトロ君のお陰で色々調子も取り戻せましたので」
「そっか……」
 納得の息を吐くマードールの顔には、つい直前に抱いた疑念ではなく、しばらく前から抱き続けていた疑念が解消した清々しさがある。おそらくは、ニトロの部屋から帰ったハラキリとのやり取りにもずっと違和を感じていたのだろう。
「それじゃ、勿体無いことをしたなあ。だったらお兄ちゃんの言う通り、ニトロ君を助けるのも、この視察も、やっぱり最後に回せばよかったかな」
「ん?」
 ニトロはうなった。
 それは、不意を突いてもたらされたマードールの『告白』だった。
 意識するより速く警戒心が彼の心身に構えを取らせる。その身はかすかにマードールから距離を取り、心はもっと大きく距離を取る。
 彼の反応にマードールはふっと笑い、
「様々な点でおかしいと思っていただろう?」
 口調を王女のものに変じ、彼女は言った。
「そうだ。ピピンの目が“おかしい”ということを、貴殿が気づけるかどうか試したように、ここまで色々と試させてもらった。貴殿はそのことごとくに反応を見せ、こちらの思う以上に優れた者であることを我が目に見せてくれたよ。
 結果として、貴殿を侮っていたことと共に、数々の非礼をここにお詫び申し上げる」
 マードール――セスカニアンの王族から詫びを入れられるという重み。さらには彼女の言葉への理解が手伝い、ニトロはかえって何も言えずに押し黙った。
 なるほど、あの従者の行動にはそういう意図があったのか。思えば自分がカプチーノを好むことを知っているかのような口振り、事ある度に一つ一つこちらの態度や対応を観察しているかのような彼女の眼差しも思い出され、さらにはつい直前の『視察』という言葉をも思えば……
「もう、お気づきになられたな?」
 ふと、声に敬意を滲ませ、他国の姫は微笑んだ。
 ハラキリはその場から目を逸らすようにグラスに口をつけ、芍薬はとうとうその時がきたことに肩を張っている。
 二人はこれを避けたかったのかと、ニトロはようやく理解した。
 ハラキリが複雑そうに、しかし頑なに教えたくないと示し、芍薬が聞かない方が良いと言っていた意味を――彼はようやく実感していた。
「……」
 ニトロはマードールの顔を見つめた。
 マードールはニトロの瞳を見つめ返し、そして言った。
「そうだ。妾は何にも先立って貴殿を伺いに参ったのだ。次代の、アデムメデスの王よ」

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