「正確には、違うな」
 ハラキリの言葉が終わるやマードールが口調を変じて文句を言った。小さく「端折りすぎだ」とハラキリを責め、一つ息を置き、仕方がないというように肩を落とし、
「ポルカト殿。正確にはな……とても恥ずかしい話ではあるのだが、あの時、このハラキリ・ジジにうちの官吏かんりが子ども扱いされてしまったのだよ」
 彼女は『王女として』語っている。ニトロは言葉を遮ることなく相槌を打った。
神技の民ドワーフの技術、またそれに関わる情報はどの国も喉から手を出して欲しがる。そして可能な限り独占したいと思う。ラミラスが秘密裏に呪物ナイトメアを回収しようとしたようにな」
 しかしそれは事故により失敗し、輸送船が漂流することとなった。暴走を始めた呪物を納める船は“呪物の手により”救難信号を発しており、それを受信し救助にあたったのがハラキリの乗る旅客船だった。
「本音を言えば、セスカニアンとて、そうだ」
 ピーチフィズを飲み、マードールは言う。
 事件後はセスカニアンが呪物を一時管理していたと聞く。神技の民の呪物に関しては発見後速やかに全星系連星ユニオリスタに連絡する国際法があるため、事を穏便に済ませたいラミラスとセスカニアンは秘密裏に取引をしたということを、以前、ハラキリは仄めかしていた。
 ニトロのうなずきを見て、マードールは続けた。
「公となったからにはもはやあの呪物に関する情報を独占することはできぬが、しかし情報を先んじて収集し、技術的にも、外交的にも、我が国が優位に立てるよう思惑するのは当然だろう?」
「……そうですね」
「しかし、こともあろうに我が国の『英雄』殿を助けた『脇役』殿がそれを妨げてくれた」
 マードールが言う『英雄』とは、公的な記録として暴走した呪物を“最終的に停めた”セスカニアン人の旅客船クルーのことだ。そして実際に問題を解決した人間であるハラキリは、表向きはそれをちょっと助けただけの民間人――という形で事は収められている。
 もはや世間話を聞くようにサマー・ディライトを飲む『脇役』を肩越しに指差し、セスカニアンの王女は続けた。
「こいつは事件解決の際に手に入れたはずのデータを様々とぼけて渡さぬ上、こちらがラミラスに対する手を固めるための情報も一切口にしない。しないだけならまだいいが性質の悪いことにしようとしない。そのうちに、初めに接触した者が痺れを切らして少々失言をしてしまった。まあ、こいつはそれを狙っていたのだろうが」
 それはさもありなんとニトロと芍薬がうなずき、ハラキリは苦笑する。さらに同意を得たマードールも苦笑して、
「それが悪夢の始まりだった。失言を契機に妙に小賢しく権利やら何やらを並べ立てはじめ、反論を受けては話を広げながら論点を増やし、あるいはずらし、時にごね、気づけば我が国のラミラスに対する優位を揺らがせる方向へ話が進んでいたのさ。慌てて上司が出ていっても手に負えず、次に最高責任者が出ていっても、にべもない。
 そこでとうとう妾が相手をすることとなった。まあ、こちらとしては、流石に王族が出てきては機嫌を直して態度を改めるだろう、また、王の威光には生意気な口も大人しくなろう――と、そう目論んだわけだ」
 ニトロはハラキリを見た。
 深く入り込むと面倒そうだと詳しく聞かずにいたくだんの話は、正直、とんでもない。本当に聞かずにおければ良かった内容だ。
 思えばハラキリが『お兄ちゃん』と呼ばれることになった原因を知られるのを嫌がっていたのは、それだけのためではなく、彼は、きっとこれも聞かせたくなかったのだろう。
 ニトロは親友の気遣いを無駄にしたことに――そうなる可能性を踏まえていたとはいえ――ちくりと心を痛め、
「しかし妾が出たことで、いや、妾を出させたことで、我が国は負けることになった」
 話を続けるマードールに目を戻す。
 セスカニアンの王女は、深いため息をついていた。
「こちらの目論見通り、“王女”を前にしてハラキリ・ジジは態度を改めたよ。が、同時に改めて交渉に臨んできた。そうして常にこちらの欲しい情報を焦点に置きながらも、己がセスカニアンの『賓』であること、またラミラスのみならずアデムメデスに対する『外交カード』にも使える己の立場、我が国のアデムメデスとの条約、ラミラスとの条約、アデムメデスとラミラスの条約、三カ国の力関係と経済関係、さらには件に関わる国際法を持ち出し、果てはセスカニアンの文化風習に美徳、加えて英雄殿の世間体を盾にして――終には互いの国益を俎上に載せさせおった」
 暴露された驚きの行いに、ニトロはハラキリへまん丸お目々を向けずにはいられなかった。ちくりと痛めていた心もすっかり忘れ、
「ハラキリ君?」
 真偽を問う眼差しに、ハラキリはにこりと応える。
「そんな目をみはられるようなことはしていませんよ。正確な情報を提供し、堂々と権利を主張したのみです」
 事も無げに彼は言ってくれるが、これが目を瞠らずにいられようか。
「なあ? 酷い奴だろう?」
 マードールが演技ながらよよと同情を引こうとそう言うのも、理解できる。
 何故なら、王女の暴露をハラキリが肯定したということは、彼が国益を左右するほどの大役を――本来なら事件に無関係のアデムメデスに漁夫の利がもたらされるよう状況を変化させた上で(一方セスカニアンは独占できていたはずの利を他国と分配、もしくは共有するはめにさせられた上で)――見事に果たしてきたということだ。そういえば彼はラミラスからの『親書』を個人的に預かってきていたが……ということは、ラミラス相手にも似たような事をしてきたのだろう。
 唖然としてニトロが二人を見比べていると、
「しかし、色んなところに貸しができたことを考えると、あの件は拙者の一人勝ちだったのかも知れませんねぇ」
 ニトロの思考を読んだかのように、ハラキリが肩を揺らして言った。
「だったのかも、ではない。真にその通りだ。まったく……お前はいつか刺されるからな」
 ひどく愉快気なハラキリに対して実に苦々しくマードールは言うが、ハラキリは飄々とグラスに口をつけ、その素振り一つでセスカニアンの王女の舌鋒をひらりとかわす。
「……」
 ニトロは、思いを新たにする。
 ハラキリ・ジジ。我が親友ながら……
(おっそろしい奴)
 呆れ顔のニトロに見られていることに気づき、ハラキリが片眉を跳ねてみせてくる。
 ニトロは呆れ顔をそのまま呆れ笑いに変えて、
「――っていうことは」
 話を聞いていて、一つ同時に悟ったことがある。とにかく国レベルの話はもう終わりたいと、それを切り出す。

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