「“普段着”を望んだのは殿下ですよ」
「ニトロ・ザ・ツッコミ?」
「そこまではまだまだですけどね」
「……わかった。それじゃあ、アシュリーならどう?」
あくまで本名そのままに呼ばれたくないというからには――ニトロはその理由を察してうなずいた。
「それでは、アシュリーと呼ばせていただきます」
「では拙者もこれからはそう呼びましょうかね」
便乗したハラキリのセリフに尖った耳をピクリと動かし、マードールは勢いよく彼へと振り向いた。
「ダメダメ。お兄ちゃんは『マイ・シスター』じゃないと。大体まだ一回もそう呼んでくれてないのにそれはダメだよ」
「マイ・シスターて。それはまたファンキーな」
思わず吹き出しそうになり、ニトロは口を挟んだ。
「ハラキリとマ…アシュリーはただでさえ似ていないんです。人目にバレたくないのであれば、アホみたいに目立つ呼び方よりアシュリーの方がいいでしょう」
マードールがニトロに目を戻す――と、その眼差しに、ニトロは再び警戒心が疼くのを感じた。セスカニアンの王女は指摘を講じた少年をまじまじと見つめた後、やおら、うなずく。
「それもそうか。仕方ない」
言ってピーチフィズを飲むマードールの向こうで、ハラキリが笑顔を浮かべる。
「助かりました」
「個人的にはマイ・シスターと呼ぶハラキリを見たいけどね。そうだ、一回ぐらい呼んでみたらどうだ? こうビシッとポーズでも決めながらさ」
「おっと、それは惨い提案を」
ハラキリは苦笑し、話を切り替えようと部屋の隅へと目を投げた。
「彼女はピピン。アシュリーの侍女兼警護として帯同しています」
ニトロもそちらを見る。
部屋の隅、明かりの
「もはや説明するまでもないでしょうが、彼女は
「先ほどは助かりました、ありがとうございます」
ピピンが再び頭を下げる。その様子からは、まるで貴賓に対する礼儀が感じられる。
「ついでに言うと
マードールの追加情報に、ニトロは、お? と眉を跳ね上げた。
他人を無理矢理連れ、非常に正確に跳べる
それに加えて『君はもう気づいているだろうけど』――とは、一体何だ? 少し前に感じた違和感が大きくなるのを感じながら、ここはひとまず、この場に相応しい問いを投げかける。
「そんなことを教えていいのですか?」
「あら、つい舌が滑っちゃった。お酒のせいかな」
マードールはぺろりと舌を出して言うが、それは明らかに嘘だ。
ニトロはハラキリに目をやった。先ほどからの警戒心の疼き――そこから生じる懸念を眼差しに込め、無言で問いかける。芍薬は睨みつけてさえいる。
しかしハラキリは、ただ小さく肩をすくめてみせるだけだった。
「ところで、私がこれのことを『お兄ちゃん』って呼ぶことを気にしてたよね」
と、ふいに、ニトロとハラキリのアイコンタクトに身を滑り込ませるようにしてマードールが言った。
いきなりの話題転換と強引なまでの割り込み方にニトロは目を
「さ、お話しなさい」
「拙者がですか?」
話を振られたハラキリは物凄く嫌そうに眉をひそめたが、やおらため息をつき、
「昨年、拙者がセスカニアンに逗留していた理由は覚えていますか?」
ニトロはうなずいた。
「そりゃあ、もちろんだ」
出かけた先のウェジィで不運にもティディアに遭遇し……奇しくもミリュウ姫の誕生日プレゼントを一緒に選ばされた日に知ったことだ。親友が不運にも
「その時『聴取』にやってきたのがマードール殿下だったんです」