次兄ディエンは、十代の内から類稀な商才を発揮し、自身の資産を湧水のごとく増やしていた。その錬金術は金融街の大物達をも子ども扱いするほどだったのに、最後には激しく法を逸脱して王家から追放された。
次子ながら、幸運にも第一王位継承権を得た二年後のことだった。
父も母も追放まではしたくないと思っていたようだけれど、闇社会の首魁らを呆れさせるほどの所業は赦されるはずもなく、ディエンは死ぬまで牢獄で暮らすこととなった。
ティディアお姉様が暗躍していたことは間違いない。ディエンは、今ではお姉様の名を聞くだけで正気をなくすのだから。
……わたしはこの時、知ったことがある。
お姉様はロイスの件を悔やんでくださっていた。
わたしを無闇に巻き込んだ――と。
それとなく、ディエンの件を訊ねたことがある。
お姉様は黙ってわたしを抱き締めた。
わたしは、お姉様がわたしを大事に思って下さっているのだと、温もりとともに伝わってくるそのお心を感じ――また泣いた。
..▽ ▽ ▽ ▽
パトネトは、泣き叫ぶミリュウの姿をじっと見つめていた。
フレアが姉の悲鳴が聞こえぬようヘッドフォンに細工しようとしてきたのを止め、震えながら、大好きな姉の苦闘を心に焼き付けていた。
ヘッドマウントディスプレイには仮想世界で『
手元のモバイルには姉の脳波や神経の反応等のデータや仮想世界を成立させる各種データがあり、そして半透過するディスプレイの先を見つめる網膜には、ベルトで拘束されていなければリクライニングチェアから転がり落ちているであろう姉の肉体がある。
ショックを軽減させるために半ば夢、半ば現に身を置き、そのせいで、姉は夢と現の両方で激痛と苦悶に喘いでいる。全身から冷や汗と脂汗をしたたらせ、食いしばった歯の隙間から悲鳴と嗚咽を漏らしている。
姉を死の危険から守るためとはいえ、その処置はかえって残酷なものとなってしまっていた。
姉は、うめき、うなる。
その胸は激しく上下し、呼吸も脈も激しく乱れている。
巨人は、折り取った街灯を手にしていた。
のたうつ姉の口から――頬を濡らす姉の涙へ、ニトロ・ポルカトの名が伝っていく。
「……」
パトネトは、思う。
もしかしたら、こうでもしないと、姉は彼への憎悪を保てないのかもしれない。
あえて痛みを受けて心を冷まさねば、自らの醜い思いと行いに肺を焼かれて窒息してしまうのかもしれない。
そうしなければ……もう……
「お姉ちゃん……」
パトネトはつぶやいた。
この声が、二人の姉に届かないことを理解しながらも、呼びかけずにはいられなかった。
「――――――!!!」
絶叫が、天啓の間を揺らした。
芍薬の駆る警察用アンドロイドに巨人が――姉が腹を貫かれている。
フレアに微調整を任せながら、パトネトは適切に対処をしていた。姉の脳が『死』を認めることがないよう細心の注意を払いながら、強制終了させたい気持ちを懸命に押さえて作業を続ける。
芍薬の手が、巨人の腹部に収まる駆動系の基幹を的確に捉え、生身の人間が食らおうものなら内臓が焼け焦げる電撃を躊躇なく放つ。
ミリュウは悲鳴を上げなかった。悲鳴を上げる間もなく、失神していた。
医療用に特化した機能を持つ『ミリュウ』が駆け寄り、パトネトのモバイルから提供されるデータを基に処置を行う。
するとすぐにミリュウは意識を取り戻し、大きく息を吸うと苦しそうに咳き込んだ。
その姿をじっと見つめながら。
涙ぐみ、パトネトは口の中でつぶやいた。
「……ニトロ君」