『仮説C』――ミリュウ姫がパトネト王子を伴って仕掛けてきた“何事か”。あの時も、もしミリュウ姫が主犯ならば何のために何を目的に? と可能性を色々と考えたものだ。
 そしてあの時は……推測される可能性に対して『もしミリュウ姫の仕業だとしたら、こんなことを仕掛けてくる“目的”に見当が付かない。また、ミリュウ姫には“ティディア姫の恋人”に仕掛けてくる度胸はない』故に“それらはないだろう”――と、否定の判を押して考慮すべき対象から外していた。
 ニトロは、
「俺がティディアを『奪った』ことに対する逆恨み。そこからティディアの俺への関心を落とすか、そのためのネガティブキャンペーンか、それだけじゃ足りずに一気に『恋人』の座から引き落としたいための行動。もちろん、ただ単純に姉の自分への関心を取り戻したいのかもしれないし、そういうのもひっくるめて『小姑の婿いびり』なのかもしれない」
 と、自分なりに要点を抜粋してまとめたものを言った後、
「けれど、だからって……今でも
 彼は『今でも』に重いアクセントと強い困惑を与え、セリフにも一区切りを置き、ハラキリの反応を窺うようにして続けた。
「それであのミリュウ・フォン・アデムメデス・ロディアーナがこういう行動に出てくるとは信じられない思いは残ってる。それも弟君を共犯にしてまで?――って」
「ふむ。それでは『黒幕』の存在を疑いですか」
「疑いがなかったとは言わないし、そもそも疑わないなんて言えるものか?」
「合理的に考えて、言えませんね。しかしなるほど、その疑いは既に過去形ですか」
「合理的に考えて……つっても、非常識なバカ姫の、非常識なりに合理的なって意味での合理的に考えて」
 ハラキリは、ニトロの回りくどいその言い方に小さく笑った。そして先を促す。
この今現在、ティディアが俺に仕掛けてくるとはとても思えない。ミリュウ姫がご乱心する可能性と比べれば、鼻先一つ出ている程度には」
「別にもうちょっと素直に言ってもいいと思いますけどねえ」
 どうしても余計な言を加えてくるニトロの心情を理解しながらも、ハラキリは笑いを禁じえなかった。肩を揺らしながら芍薬を一瞥すると、親友のA.I.はマスターの言葉に異論は皆無とうなずいている。
「それで? ハラキリはどう思うんだ?」
 改めて問われたハラキリは少しの間を置き、意見を求める視線にきっぱりと応えた。
「判りません」
 さらりとした、かつ余りにも端的過ぎる意見だった。しかしニトロは自分でも不思議に思うほど失望は見せず、代わりにとにかく不可思議そうに眉をひそめた。
「判らない?」
 お前が?――と、小首を傾げるニトロに軽く肩をすくめて見せ、ハラキリは言った。
「無論、推測ならばできますよ。そちらの意見に付け加えれば、ミリュウ姫は君をどうこうしようというつもりはなく、お姉様大好きなお人ですから、単純にお姉さまを喜ばせようと立案した――その場合は映画第二弾でしょうか、そういうことも考えられる。あるいは彼女はニトロ君を姉の恋人として無条件に祝福していましたが、ここにきて気が変わったのかもしれない、やっぱり条件がある!――と。その場合は姉に相応しい男性か査定しようという線も採れます。もちろん逆に姉に相応しいとは思えないからそれを証明しようとしている可能性もあり得ますが、まあこの場合は、ニトロ君の言うネガティブキャンペーンに入りましょう。それとも、もしかしたら姉を神聖視するあまりに本当にカルト教団作っちゃったとか……最悪、王女の重圧に耐え切れなくなりとうとうご乱心お召しあそばされたパターンも、あるにはありますかね」
 一気に言ってのけたハラキリを、ニトロはぽかんと口を開けて眺めていた。唇を結び、結んだ唇の端を半笑いの形に持ち上げた『師匠』に、彼はぽかんとしたまま言う。
「判らないと言っておきながら……随分、すらすら色々出してくれるじゃないか」
「それだけすらすら出せるほど推測可能範囲が広いってことです。ニトロ君達だって拙者が今言ったことくらいは考慮の隅にでも入れていたでしょうし、他にも可能性は考えられるでしょう? しかし推測ばかり出せてもある程度にすら絞れないのであれば、それは結局判らないのと同義です。ヤマ張っていくならそれはそれでアリだとは思いますが」
 反論のしようがない。ニトロは空笑いを返すしかなかった。
「つっても、こっちとしてはそこが分からないと適切な対応ができないんだ。それどころか気持ちの置き所も見つかりやしない。せめてそれくらいはさ」
「対応、気持ちの置き所ですか。ならばいっそドツキに行けばよろしいのでは? ツッコミ役は君にとって最も適切な置き所じゃないですか」
「それはとっても魅力的な提案だが出来るかンなこと」
「何故です。これまで大体それでトラブルを解決してきたでしょうに」
「そう言われると何だかこっちは立つ瀬がない気がするなあ」
 ニトロは苦笑し、言った。
「けど、それはこれまではぶん殴って解決できることだったからだろ?」
「おや、それでは今回の件は?」
「何の根拠もないけれど、少なくとも、あくまで感覚論だけど……ドツいて終われるような気がしない」
 と、そう言った時、ふいにニトロは心の陰に恐ろしい不安を感じた。思わず口を結び、果たしてすぐ陰の底に隠れてしまった不安が何だったのか探ろうとするが――判らない。とにかく、嫌な気配だけが残る。
「……もしそれをしようもんなら、ただの喧嘩の意味での“殴り合いドツキあい”にしかならないと思う」
 ニトロは潜む不安の影を追うように、言った。
「そして、そのドツキ合いも、泥沼にしかならない気がする。だから、解決の手段にはならないだろうって予感がするんだよ」
 ハラキリと芍薬は、ニトロの顔に何らかの緊張が走るのを認めていた。しかし、その緊張の正体を彼自身が掴めていないようだということも。泥沼・解決の手段にならない・予感――という繋がりからすると、単に見えぬ未来への大きな不安を感じただけなのかもしれない。それはそれで理解のできることではある。
「でも、気がするってことばかりで何も判らないからさ。結局最後には『本当にあのミリュウ様が?』って戸惑いに堂々巡って、そこから先に進まないんだ」
 ニトロの声音は明らかに気落ちしていた。彼の言う戸惑いは、今もより一層大きくなっているようだった。
 と、そこで、ハラキリが小さく手を打った。
「では、ここらでご本人の意見を参考にしてみましょうか」
 その唐突な提案にニトロは一瞬呆気に取られたが、
「そろそろ報道に乗っかってくる頃だと思うんですが……芍薬?」
 続けて言われ、すぐに合点した。
 話を振られた芍薬はうつむき黙して――
「チョウド流ストコロガアル」
「この部屋の権限はフリーにされています」
「アリガタイ」
 うなずいた芍薬の背後、ニトロ達からして小卓の向こうに宙映画面エア・モニターが表示される。
 映し出されたのは、ジスカルラ放送局JBCSのニュース番組だった。
 平然としているのか深刻そうにしているのか判りにくいニュースキャスターの顔が目に飛び込んでくる。セリフからすると次の素材のための前振りをしているらしい。彼が口を真一文字に結ぶと、すぐに映像が切り替わった。
 ニトロは、画面に意識を集中した。

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