「ですから、気のせいですって」
「でも、前はもうちょっと依頼のことを詳しく教えてくれたじゃないか」
 頑固な疑いを消さないニトロにハラキリは眉を垂れ――まあ、これまでのこちらの行いを鑑みれば、少しでも“ティディア寄り”の態度を取られれば彼が不安で堪らなくなるのも当然か。その点に関してはこちらの罪でもあるなと思い直し、ハラキリは『依頼』についてどこまで話せるかを考え、
「職種的に言って」
「うん?」
案内人ガイドを頼まれたんです」
「ガイド?」
「ええ。そしてけん警備員ガードです。以上、そういうことです」
 それだけを言ってハラキリが口を閉じる。
 ニトロは理解した。
 ハラキリがそう言うのなら、相当な重要人物を相手にするのだろう。それが外部に知られてはならない相手なら、むしろ首を突っ込みたくはない。
 ようやく晴れ晴れと不安を消し去れたニトロは、そこでふと眉根を寄せ、
「でも、それで一週間丸々仕事?」
「ええ、お姫さんがクロノウォレスに行っている間、ちょうど丸々」
「ちょうど丸々……ね。まさかあのバカ、自分がいない間に俺がハラキリと遊べないようにしたんじゃないだろうな。のけ者は嫌だ、とか」
「それは……まあ、何とも言えませんが……どうでしょう」
「いや、大いにありえるって。これは陰謀だよ」
「そりゃまた随分可愛らしい陰謀で」
 ニトロの冗談めいた言葉にハラキリは笑う。
 親友の笑顔とは対照的に、ニトロは渋い顔でボード・スクリーンの電源を落とした。先ほどまでカラフルな広告を移していた画面が濃灰一色に染まる。折角のチャンスと思えば思うほどに無念が募り、思わずニトロは数秒前まで賑やかだった手の内を凝視した。
「折角ですし、芍薬と行ってきたらどうです?」
「行くよ。気ままに行き当たりばったりで」
 と、いうことは、ニトロはここで一気に友達との旅行と、いつも世話になっているオリジナルA.I.との旅行を実行しようと考えていたのか。
 ハラキリは軽い慰めにでもなればと言った提案に何の効果もなかったことを悟り――何とか話が通る流れを探し出し、そうして努めて思い出したように言った。
「そういえば、陰謀で思い出しましたが……」 
 ニトロは、ハラキリの声の『強いてとぼける』調子に気がついた。どうやら彼はこちらの気を紛らわそうとしてくれているらしい。目を、友人に向ける。
「例のWebサイトのことですが」
 Webサイト、と言われ、ニトロは「あ」と声を上げた。
「そうだ、それも聞きたかったんだ」
「芍薬の結論は、何と?」
「ひとまずティディアと直接の関係はなさそうだって」
「コチラノ結論モ同ジデス」
 と、部屋の隅に控えていたイチマツ人形がチャブダイにやってきて、新しい茶をハラキリのユノミに注ぎながら言った。
 ニトロはちょうどいいやとユノミを空にした。イチマツ人形――撫子はニトロの希望をすぐに察して、彼のユノミにも新しい茶を注ぐ。
「ありがとう」
 と、頭を下げるニトロへ撫子は淑やかな辞儀を返し、そしてキュウスを片付けながら彼に問いかけた。
「ニトロ様ハ、ティディア様ニ直接オ訊キニナラレタノデショウ?」
 一杯目より少し熱めに淹れられた茶を一啜りし――汗の乾いた体に心地良い――ニトロは答えた。
「身に覚えはないとさ。もし私の仕業じゃなかったら優しいキスを頂戴って言ってきたから拒否っといた」
「それはそれは。実に懸命な判断でしたねぇ」
 ユノミに口を当てながら笑うハラキリを見て、ニトロは何となく険しい視線を彼に送った。
「……なんでしょう」
 その眼差しに気づき、ハラキリが怪訝な顔を見せる。
「いや、なんつうかさ、この件に関してはハラキリが原作者みたいなもんだろ。その程度の反応でいいのか?」
「別にことさら権利者ぶる気はありませんが……まあ、商業目的のようではなさそうなので、あれくらい黙認しますよ」
「商業目的だったら何かするのか?」
「使用料くらい請求しましょうかねぇ。それで『映画』直後の便乗商法がいくつも破滅したことくらい、首謀者も知ってるはずですが」
 あの『映画』公開後に雨後の竹の子のごとく乱立した便乗商品の中、特にプカマペ関連のものに対し、名目上ハラキリから権利を委託された『製作委員会』が行った取立ての凄まじさを思い出してニトロは苦笑した。
「そういや、えげつないくらい徹底的だったね」
「変にカルト商法として発展されても面倒ですからね。拙者の単なる思い付き以外の何ものでもない偽神様を、あれは実際に某地方で信仰されていた古代の神で――なんて言い出す似非学者もいたことですし」
 ニトロは、あの宗教関連の話題について、命を狙われている『客』の緊張を和らげるためのバカ話だったと語られて大笑いしたことがある。大笑いついでにあれで緊張がほぐれるはずもない理由を一から十まで並び立ててツッコンでやったのだが……今思い返すと、それもひどく昔の話に思えてならない。
「しっかし、それじゃああれは何の目的で作られたんだろうなあ」
「愉快犯か、はたまた単なる個人の趣味サイトか。それとも誰かが本格的に新興宗教を作ろうとしているのか」
「一番最後のだったらどうするんだ?」
「そうですねぇ、やっぱり、まずは著作使用料を請求しましょうかね」
「支払い拒否されるんじゃないか。信仰とか宗教法人だとかを盾に」
「そんな理由で拒否などさせませんよ。なにしろこちらはプカマペ様の愛波動を受けて揮発した脳味噌の化身、魂の名を『…パ』と申す愚か者。財布の紐を握る神官にして百八天使の一人でもありますから、支払わぬのならば信徒を騙る神敵と認定し、偉大なる愛波動の共振作用をもって天罰をくれてやりましょう」
「どんな天罰?」
「主に鼻から下痢が出ます」
「嫌だなそれは」
「いくら臭いからって鼻をつまんでも意味ないですよ?」
「つーか鼻をつまんだら余計大惨事だろ」
 ニトロは笑った。己の作り出したものに対する『原作者』の新しくもいい加減な創作話に。
 そして、瞼の裏に閲覧したサイトを写す。
 黒紫を背景に、画面の右下隅に刻まれた白い文字。
 そのサイトに意味あるものとして唯一表示されていたものは――プカマペ教団――その名称、ただ一つ。
 突然様々な場所にアドレスをマルチポストしておきながら、リンク先で表示されるのはシンプルなデザインのページのみ。広告も一切なく、他サイトへの誘導やウィルス等不正プログラムを撒くスクリプトもなく、基本に忠実に書かれたソースも行数少なく単純極まりなく、そのためかえって注目を集めたそのサイト。
 使用されているフォントがロイヤルフォントと呼ばれる字体であったことに加え、画面全体に比する文字のサイズと配置が非常にデザイン性に優れたセンスを感じさせるサイトでもあったため、これはもしやクレイジー・プリンセスが何かをしでかす前触れか? と、ネット上ではまことしやかに囁かれているWebページ。
「まぁ、でも」
 芍薬とハラキリ&撫子の二点から調べていって結論が同じなら、安心できる。
「ティディアに関係ないんならいいや」
 ニトロは肩から力を抜き、撫子が淹れてくれた美味しいお茶を飲んで、ほう、と吐息をついた。
 そこへ、ハラキリが悪戯めかして言った。
「いやいやニトロ君。ゆめゆめ油断召されるな」
「ん?」
「君はあの『映画』でプカマペ様を愚弄していたのですから。もしかしたら新たなしもべは、君を神敵として狙う気かもしれませんよ?」
「……」
 ニトロはハラキリの脅し文句を聞き終えると、
「もしそうなったら」
 口の片端を引き上げ、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「むしろ、『神様』が俺の敵だよ」

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