いきなりと言えばいきなりで、あんまりと言えばあんまりな切り出しに、ティディアは意表を突かれて目を丸くした。
 が、すぐに気を取り直し、目を細める。
「過去形ってことは、今はそうじゃない?」
「嫌いではないですよ」
「いけずねぇ」
 ティディアがどんな答えを期待していたかは判っている。しかしハラキリは彼女の希望通りの言葉を返してご機嫌を取る気はさらさら無いと肩をすくめて示し、
「まあ、その通り、過去のことですけどね。大嫌いでした」
「……どうして、嫌いだったの?」
「貴女は危険だと思っていたからです。その時点では、貴女と『殺し合う』可能性もあったでしょうねぇ」
 ティディアの背筋が思わず伸びた。
 彼女はテーブルに突いていた両肘を体の脇に引き、組んでいた手を解いて腕を組み、背もたれに体重を預けると、思いもよらぬことを突然……それも追撃を加えるように重ねて口に出してきた友人を見つめた。
「それはまた随分な物言いね」
「いやいや、そうでもないでしょう。我が国の親愛なるクレイジー・プリンセス」
 その別称で――それも明らかに意図的に侮蔑を込めて――呼ばれたティディアの顔から、笑みが消えた。
「……」
 わずかながらも刀剣の鋭さが混じったクレイジー・プリンセスの眼差しを正面から見返し、ハラキリは、一つ、胸の中で短く息を吐いた。それはため息でもティディアの心を刺激したことを悔やむ嘆息でもなく、改めて気を引き締めるために。
(……)
 これから自分が行おうとしていることは、忠告であることに間違いはない。
 だが、同時にある種の危険を伴うことでもある。
 まず自分が口にしようとしていることは勝手気ままな推察であり、それを元に論を組み立てていった先にあるのは、ともすれば『彼』を人質にした話だ。もしかしたら、この席はティディアを単に怒らせるだけで終わるかもしれない――下手をすれば、二人の友達の間にある一つの問題を悪化させ、酷くこじれた結末を招いてしまうかもしれない――そういった類の話だ。
 しかし『彼』を人質にしたその指摘が通ればそれはそのまま自分の忠告が正しいことを示し、その時は、きっと、良い結論を向かえることができるだろう――そういった類の話だ。
(さて)
 ティディアは、こちらの朧げな変化も見逃さぬとでも言うようにして、先を促している。
 ハラキリは言った。
「おひいさん、貴女は実に有能な方だ」
 ハラキリから、つい直前ご機嫌取りを切り捨てたハラキリから、またも突然思いもよらぬ賛美ことばをティディアは浴びせられた。だが、今度は驚かない。彼をじっと、彼の心を覗き観るように見つめ、耳を傾ける。
 ハラキリは続けた。
「明晰なる頭脳、鋭敏なる洞察を備えた眼、多岐に渡り類稀なる才を花開かせ、立ち居振る舞いには華が溢れ、人の目が素通りすることを許さぬただそこにいるだけで他者を圧倒する存在感。人心を魅了する瞳、人心に沁み込む華やかな声。『マニア』の言葉を借りれば、貴女の一挙手一投足は女神のそれです。先ほど貴女がバルコニーに立った時の町の盛り上がりは凄かった。この町の人々はまさに魂を奪われたのでしょう。貴女がダンスに興じている姿も町で拝見していました。周囲の人間は、恍惚と、宙映画面エア・モニターに映る王女に目を奪われていた。誰しもの目を奪い、誰しもを誘惑するその美貌、美しい肉体。パーティードレスの深いスリットから貴女のおみ足が抜け出た時――」
 くっくっと、ハラキリは喉を鳴らして笑った。
「拙者は出店でそのフライドポテトを買っていました。売り子の若い女性は、貴女に見惚れていましたよ。危うく油の中に手を突っ込みそうになっていたので、焦りました」
「……そう」
「貴女は、天才です。それも最強の天才だ。天賦の才だけにあらず、天運にも恵まれ、王位継承候補者という生まれながらの特権まで与えられた者は貴女の他にこの国にはない。クレイジー・プリンセスとして法を外れ民に憎まれることをしでかしても『王権をもって、良し』の一言で全てを合法にしてしまえるのは貴女だけだ。しかも貴女はそれをよくよく自覚した上で無茶苦茶なことをするし、実際してきた。性質たちが悪いなんてものじゃない。正直、本当に、呆れるくらい前代未聞の姫君だ。そのくせその一方で貴女は実に親しみ深く、厳しくも慈悲ある王女として愛され、また数々の問題や懸案を硬軟織り交ぜ解決し、全星系連星ユニオリスタではマイナー国であったアデムメデスの知名度と発言力を劇的に引き上げた手腕のために、『クレイジー・プリンセス』でありながら生来のカリスマ性も手伝って絶大な支持を稼ぎ出す。名君なのか暴君なのか絶妙な所で判断しかねるために、それが故に人心に畏怖を植え付け、それが故に誰もが貴女に注目さざるを得ない。そして一度一瞥わずかなりとて自分に目を向けさせてしまえば、『貴女の力』はその者を惹きつけ、それが例え貴女を疎む者であろうといずれ一人、また一人といつの間にか『ティディア姫』の支持者に変えてしまう、実際、変えてきた。
 貴女は天才です、おひいさん。王の天才――とでも言いましょうか。希代の姫君、確かに貴女は、歴史に輝かしい名を遺す女王となれるでしょう。昔、拙者は貴女を嫌いながらもそう思っていました。
 それとも、
 それともあるいは……覇王、希代の暴君たる初代王の再来、あるいはそれをも凌駕する女王にか――と」
「初代王……ね。覇王、暴君、確かによく比較されるし、よく言われもするわ。ニトロにだって言われたことがあるもの」
「彼は本質にツッコムことがままありますからねぇ」
 ハラキリは残り少ないフライドポテトの一本を口に放り込んだ。
「……本質?」
 聞き捨てならないとばかりに、ティディアが問う。
「ええ。本質ですよ。おとぼけなさるな、お姫さん。貴女がそうなる可能性があったことを誰よりも知っているのは、貴女ご自身のはずですよ」
「随分、自信満々に断定してくれるわね」
 さすがに、害された機嫌を剥き出しにしてティディアは言った。グラスを煽り、蒸留酒を飲み干したそばから継ぎ足す。
 とくとくと小気味のいい音が終わるのを待って、ハラキリは言った。
「貴女は、天才です」
 三度繰り返された言葉に、ティディアの眉が曇る。先に言った時よりも調子が暗いハラキリの口調に、注意を奪われる。

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