「?」
城の中まで響いてきた轟音を感じながら居室に戻ったティディアは、部屋に入るなり柳眉の間に疑問符を浮かべた。
「随分、遅いわね」
後ろ手にドアを閉めながら、つぶやく。
ニトロとの漫才の練習の終わり際、忠実な女執事は夕食をとる暇のなかった私達のために「お夜食を用意してまいります」と言って部屋を出て行った。
それからもう三十分は過ぎている。
手間のかかる料理でも作らせているのなら別だが、それなら後は側仕えに持ってくるように命じて戻ってきているはずだ。
部屋着に着替え終えたティディアが、のんびりドレスを丁寧にハンガーにかけていてもヴィタが戻ってくる気配はない。おかしい、連絡を取ってみるかとティディアが居室のA.I.に声をかけようとした――
と、その時、ドアがノックされた。
そのノックのリズムは、ヴィタ用に割り当てられたものだった。
「入っていいわよ」
クローゼットの扉を閉めながら、少し怪訝の色を残して言う。
すると、
「失礼します」
即座にドアを開け、大きな
フード付きのコートを着た彼女は部屋の様子を確認するなり軽く後ろに振り向いて、誰かを促すような素振りを見せた。ティディアが訝しむ間もなく、執事の後ろに続いて直属兵が一人、無言で王女の居室に足を踏み入れた。兵は肩から提げた小振りなウォーマーボックスの他に、大振りのアタッシュケースを片手に持って――いや、そんなことはどうでもいい。
ティディアは、驚いていた。
いかな直属兵であれ、この部屋に通ることをあらかじめ許されている側仕え以外の人間を主の許可なしに通してはならないことをヴィタが失念するはずがない。
しかも――寒冷地用の制服に身を包み古代のヘルメットを模した大きな帽子を目深に被る男は、主たる王女に敬礼をすることもなく口元に笑みを浮かべている。
帽子の分を差し引けば……並んだヴィタより拳一つほど背の高い若い男だ。立ち姿には力がある。鍛えられ、鉄の芯が通った男性の迫力。加えて個人的なパーソナリティからくるものだろう、どこか曲者じみた雰囲気。人を食ったような微笑を浮かべる口元には、どこか飄々とした景色が――
「――」
ティディアは重ねて驚いた。
気づいた。
その直属兵の姿を借りた者の正体に。
彼ならば、確かに、ヴィタが主人の許可なしに部屋に案内してきても何も問題はなく、兵に定められた敬礼がないのもむしろ当然のことだ。
「流石、察しが良いですねぇ」
彼は少し拍子抜けしたように、しかし妙に満足そうに言った。
聞き慣れた声にティディアの頬がほころぶ。そして同時に、何だかやり返された気がして悔しくもなる。
「こんばんは、お
アタッシュケースを足下に置き、帽子を取りそれを胸元に当てて軽く辞儀をするハラキリには、挨拶を述べる口とは裏腹に遠慮というものがない。相手に迷惑をかけているかもというそぶりもなく、徹頭徹尾『ちょいと遊びに来ましたよ』といった風情だ。
ティディアは友人の態度に思わず笑みを深め、
「どうしたの、その服。やけに丈がピッタリじゃない」
「自前のものですから」
「自前って……軽く言うわねー。犯罪よ? そんなに精巧な偽物を作ったりしちゃ。
……それともそれは、とうとうその制服を着てくれるっていう意思表示なのかしら」
つまりは、直属の部下になってくれるのかという――以前きっぱり断ったことも考えれば――皮肉に、ハラキリはいつも笑っているような目をさらに細めた。
「いやいや、我ながら似合わないと思い知りましたので。これはこれっきりの一発芸ですよ」