ティディアはエア・モニターを操作し、民放テレビ局の早朝のワイドショーにチャンネルを合わせた。王女と財閥の末っ子の『不倫』を、男子アナウンサーが熱っぽく聞く者を煽り立てるように報じている。
「横恋慕に付き合っている暇はない」
 興味なくさらりと断じ、ティディアはA.I.達が集めてくるニトロ・ポルカト冤罪騒動の情報に画面を切り替えた。
「とりあえず彼が商談の情報をリークした相手と証拠は掴んでおいて。使えそうだったら使うから」
「かしこまりました」
「……ねえ、ヴィタ」
「はい」
「ニトロ、妬いたりしてくれないかしら」
「それに関してわたくしの意見が必要でしょうか」
「……ヴィタまでいけずなんだから……」
 涼しげにハーブティーを飲む女執事にティディアがぶう垂れると、また、彼女の専用回線に電話が入った。
「――あらあら。お姉ちゃん、今朝は忙しいわねぇ」
 今度の相手はパトネトだ。
 ティディアが回線を接続すると、エア・モニターに顔を蒼白にしたパトネトが映った。
「、どうしたの?」
 思わず驚きの声を上げると、パトネトは泣きそうな声で言った。
「……怖い夢、見たの」
「怖い夢?」
「うん」
 パトネトはうなずき、涙の滲んだ目をティディアに向け……しばらく姉を見つめてから、言った。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
「何?」
「お姉ちゃん、ボクを食べちゃうの?」
「え?」
「ボクのことおいしいおいしいって長いお舌で頭をつついて食べちゃうの?」
「ちょ、パティ」
「おいしくないよ、ボク、良い子にするからお姉ちゃん食べちゃわ「パティ、落ち着きなさい」
 ティディアが優しくされど語気強く言うと、びくりとしてパトネトは口をつぐんだ。
「そう、パティ、落ち着いて。一体どうしたの? お姉ちゃんがパティを食べちゃうなんて、そんなことあるはずがないでしょう?」
「だってお姉ちゃん、悪い子を食べちゃうんでしょ?」
 いまいち目が覚め切っていないのか、夢と現の境を歩いている様子でパトネトは言う。
 ティディアはあまりに前提条件がなさ過ぎる弟の問いをどう理解したものかと悩み……しかし、すぐに結論に辿り着いた。
 弟の言葉を鑑みれば、悪い子は〜〜に〜〜されちゃうという『躾の脅し文句』からその考えが出てきたのだろう。だが、王家ではそういう躾の仕方はしていない。側仕えが言った可能性がないわけではないが、弟にそれを言えるだけの人間は困ったことに今のところ皆無だ。
 ――いや、皆無だった。それが正しい言い方だろう。
 ニトロ・ポルカト。
 あの人が、そう言ったのだろう。悪い子はティディアに食べられちゃうぞ――そんなところだろうか。
(人を鬼か悪魔みたいに……)
 ティディアは苦笑を噛み殺した。パトネトを映すエア・モニターの向こうでは、同じ結論に達したらしいヴィタがポーカーフェイスの裏で笑いを懸命に堪えている。
「いいえ、パティ、そんなことはないわ」
 ティディアは微笑を浮かべて、優しく、ゆっくりと弟に言い聞かせた。
「私はパティを、絶対に食べたりしない」
「本当?」
「ええ、本当よ。だって私が食べちゃうとしたら、それはニトロだけだもの」
 冗談めかしてティディアが言うと、そこでようやくパトネトは安心したようにほっと息をついた。
「……パティ、もう平気ね?」
「うん」
「それじゃあ、もう少し寝なさい。ちゃんと寝ないと体に悪いわ」
「うん、お姉ちゃん」
 うなずくパジャマ姿のパトネトは、そこでふと、何かに思い至ったような顔をした。安心したら睡魔が戻ってきたらしく目をしょぼしょぼとさせながら、それでも疑問をそのままにしておけないとばかりに言う。
「お姉ちゃん。ニトロ君は、悪い子なの?」
「ん?」
「だって、お姉ちゃん、ニトロ君は食べちゃうんでしょ?」
 ティディアは口元が緩むのを止められなかった。
 自分が『食べちゃうとしたらニトロだけ』と言ったのだから、確かに、パトネトに悪夢を見させた論理を辿れば『悪い子はニトロ』になる。
「……そうね」
 愛らしい弟は今にも眠りに落ちそうだ。目を細めたティディアは腹の上で手を組み、弟へ子守唄を聞かせるように囁いた。
「ニトロは私を悩ませる、悪い人よ」

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