最悪にも敬愛する姉から与えられた、天地を揺るがす衝撃。
 一時間は何も考えられずにいたミリュウも、時を置き、冷静さを取り戻していた。
 そして冷静を取り戻した脳裡は、否応もなく、正確に『失敗』の原因を割り出した。
 そう……見誤っていたのだ、わたしは。
 ニトロ・ポルカトを。
 また、己自身を。
 『ミリー』の正体を見抜いていたニトロ・ポルカト。それを見抜けなかった自分。
 『パティ』であると見抜きながら看過していたニトロ・ポルカト。それすらも見抜けなかった自分。
 目が曇っていた。ニトロ・ポルカトを貶めようとするあまりに……今まさにピリオドに向かっているエフォラン紙と同様に、ニトロ・ポルカトの行動を己の都合に合うように解釈してしまっていた。
 思い返せば――ニトロ・ポルカトが、気づいていた節は確かにある。
 パティに付けたマイクと、弟のボディガードとして近辺に張り付かせていた戦闘用アンドロイドのカメラを通してていたその言動……時折見せていたパティを窺い見る眼、姉との電話の折に最初から姉が何かを企んでいると決め付けての暴言。
 何故気づかなかったのだろう!
 今思えば、今考えれば、今……
 いや、後から考えれば分かる、というのは得てして当然なことだ。
 ただ、全ては、己の未熟がもたらした結果。
 そう、自分は、とんでもなく未熟だった。
 あのパパラッチ。あのフリーライター。存在に気づいていたのに、それを排除することはニトロ・ポルカトの利益になると思ってしまった。己の策にはない不確定要素を、ニトロ・ポルカト憎しのあまり捨て置いてしまった。
 それがどうだ。彼が行った行為は、下手をすれば愛する弟にまで不名誉をもたらすことではないか。
 近視眼的、視野狭窄、責める言葉は幾らでも見つかる。
 恥ずかしい。あれしきの不確定要素があったところで策に重大な影響はないと軽んじた、その時の己の傲慢さが!
 見誤っていたといえば、ニトロ・ポルカトの社会的な存在感もそうだ。
 あの移動販売業の獣人。あの大男の熱烈な素振りを、その時の自分は『分かっていない』と嘲っていた。
 何を高慢な……分かっていなかったのは、自分自身こそだ。
 ニトロ・ポルカトを守るために、『隊長』は、クローズドネットワークで作り上げていたサークルをオープンとし、己の素性を世間に知らしめてまで行動している。これはまさに『ニトロ・マニア』だ。『ティディア・マニア』と匹敵する――つまりは、ニトロ・ポルカトが、この国の民を少なからず強く強く惹き付けている証拠ではないか。
 ……ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナの隣で。しかしそんなにも傍にいながらも、王女の威光に頼らず、彼自身の力で。
 心の底から悔やむ。
 ニトロ・ポルカト。
 彼は、自分とは違う。
 愛するティディアお姉様の下で『劣り姫』と呼ばれる自分とは違い、彼自身の力であるいは……あるいはティディアお姉様と拮抗している!
 ――このままでは、駄目だ。
 昔、姉は教えてくれた。失敗をしたのならそこから学びなさい。そして学ぶことができたなら、その失敗はあなたにとっての幸運に変わる。
 ドロシーズサークルでの失敗。学ぶべきことはあまりにも大きい。これを幸運に変えずにいることは、それこそ恥の上塗りであろう。
 敵を見誤っていた。
 ならば認める、ニトロ・ポルカトの力を。ちょっとやそっとの――今回のような舐め切った策では意味がない。正当に評価し、人生を懸ける覚悟で挑まなければならないことを。
 己を見誤っていた。
 ならば認める、現在の自分では彼に拮抗できないことを。もっと、もっと、例え己の身をやつすことになろうとも、例え――
「――ッ」
 ミリュウはその時、愕然として思考を止めた。
 自然と脳裡に浮かんだ恐ろしい考え……
 まさか、自分がそんなことを思うなんて……
「……」
 だが、ミリュウは、やがてそれもいいと思いを改めた。
 いや、ミリュウは、やがてそれをも覚悟しなくてはならないのだと考えを改めた。
 腹の底で鈍く唸る想念が決意を呼ぶ。
 ミリュウ・フォン・アデムメデス・ロディアーナ、今回の失敗でお前は解ったはずではないか。
 見誤っていた
 人生を懸ける覚悟で挑まなければならない
「そう……」
 例え――姉に嫌われることになろうとも、全てを懸けてかからねばならない。ニトロ・ポルカトを、ティディア・フォン・アデムメデス・ロディアーナから引き離すためには!
「そうよ」
 ミリュウは、姉の笑顔を消して以来何も映さぬ宙映画面エア・モニターを前に握り続けていた拳を一度開いた。汗に濡れた掌を凝視し、また、握りこむ。頬には暗澹たる笑みが浮かんだ。
「そのために……わたしは『クレイジー』にならなくちゃ」
 つぶやくミリュウの意志は固く引き締まり、わずかに涙の滲んだその両眼は、空の一点を睨みつけていた。





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