「エフォラン紙特別号ノ発行時間ハ四時半。激昂シタ様子デ隊長ガコミュニティニログインシテキタノガ四時三十四分。デ、ソノ十五分後ニハ、ソノ時コミュニティニログインシテイタ会員全員デ、隊長ノ昨日付ケノ日記ヲ色ンナトコロニ紹介開始。
 チャクチャクト『包囲網』ハ完成サレツツアッテ……オ、サスガニ王立放送局ハ仕事ガ早イネ」
「なお、この日記に掲載されている写真の来歴証明は――」
「来歴証明情報モシッカリ確認シテイル」
 ふりふりとポニーテールを振って、芍薬は言う。
「エフォランノモ来歴証明ガアルケド、随分加工シタ後ノ取得ダカラネ。一方隊長ノモノハ無加工・無修正・保存回数『0』ノオリジナルガ『来歴証明サービス課』ニ保存サレテイル。コノ場合ドッチノ証言ガ信頼サレルカッテイッタラ、言ワズモガナ、ダヨ」
 ニトロは何とも言えぬ気持ちで、王立放送局の放送を見つめていた。やがて大した事を報じていないようにも思えるほど淡々と話題が次に移る。
 それを契機にチャンネルが先ほどのものに戻され、すると、さっきまで険しい顔で原稿を読んでいた女子アナウンサーが泡を食ってうろたえている様が映った。
 どうやらもう一つのスクープであるらしい大衆紙・クリッピングデイの一面を飾る王女ティディアとレッカード財閥の末っ子との『密会』を報じようとした寸前、ニトロ・ポルカトの疑惑に関する新しい情報――王立放送局の影響だろう――が差し込まれたようだ。
「なんと、まあ……」
 虚脱したように、ニトロはつぶやいた。
 これは幸運と言うのか、それとも隊長が言っていたように『奇跡』なのか。
 以前では考えられない反応の大きさ、その動き。しかもあの獣人にこういう形で助けをもらうとは……あの二度の襲撃の時分には、全く予想し得なかったことだ。
 感激か、感動か、縁の奇妙なる帰結への敬服か――
 どうにも言葉にしえない感情が
「ありゃー」
 ただただ意味のない声となって、漏れ出していく。
「全ク『日頃ノ行イ』トハヨク言ッタモノダネ」
 祝福の花吹雪まで散らして、ニュースを凝視するばかりのニトロに芍薬は言った。
「本当ニ馬鹿ナコトヲシタモンダヨ、アノ下衆ライターモ。コンナ記事ヲ売リ込ンダラドウナルカ解ラナイ歳デモナイダロウニ。エフォラン紙ダッテソウサ。編集長ハ部数ガ落チ続ケテ首デモカカッテイタノカネ。コンナ阿呆ナ内容ヲソノママ採用シテ。
 別ニアッチニドンナ理由ガアッタカナンテドウデモイインダケドネ……セメテ、人ヲ貶メル方向ナンカジャナク、コンナ『大スクープ』ニ目ヲ曇ラセルコトモナケリャア、モット素晴ラシイ結果ヲ得ラレタノニ」
 ニトロは視線を芍薬に落とした。
「モシ、主様ヲ悪クスルッテコトヲ前提ニシテナケリャ、キット気ヅケタハズダヨ。ソレトモ一度冷静ニ立チ帰ッテ、観察シテ、骨格照合ソフトデ確カメテミレバソコニアル宝物ニ気ヅケタノニ……ネ?」
 ニトロは、静かにうなずいた。
 確かに、『ニトロ・ポルカトと、パトネト王子の散歩』――これは今までどの紙も局もインターネットの記事も報じたことのない特ダネだ。
 さらにパトネト王子は女装をしている。その理由はお忍びの変装ということですぐに決着がつくだろうが、問題はそこにはなく、重要なのは『彼のファン』が大喜びするということだ。エフォラン紙史上最高の売り上げが期待できたことだろう。
 だが、それは、もはやどう足掻いても叶わぬ夢。
 いや、もしこのままずっと――『真相』が明かされた後にも販売を続けていられれば、最高の売り上げは叶うかもしれない。
 だが、それは、もはや醜い死に花だ。
「隊長達ノ影響ヲ受ケテ、善意ノ者ヲ犯罪者ニスルトハ――ッテ非難ガ拡大シテイル。中ニハ『ニトロ・ポルカト』ガソンナコトヲスルハズガナイッテイウ感情論モアルケド……何ニシテモ、主様ノ日頃ノ行イヲ皆ハ見テルモンダネ。
 主様、あたしハ誇リニ思ウヨ。コレガ例エ『バカ姫』トノ関ワリカラ生マレタモノデアッテモ、あたしハ嬉シインダ」
 芍薬は、言い募るにつれ興奮してきたように言う。
 モニターでは女子アナウンサーの読んだ続報に対し、コメンテーターが「だからと言って、この写真についての疑いが晴れたわけではない」と意見を出している。それを問題が解決していない時点で聞いていれば、悪意に満ちたコメントと思っただろう。しかし疑いが晴らされると解っている身であると、それを慎重なコメントだと思えるのは何とも不思議なものだ。
 ……ニトロは、そんなことをおかしなほど冷静に考えている自分に気づいた。
 その拍子につい直前までどこか漠然としていた彼の心が、我を取り戻したように――また、芍薬の喜びに触発されたように、その胸の中で高らかに歓喜を歌い出した。
「大袈裟ダッテ主様ハ言ウカモシレナイケド、ネェ主様、コレハ主様ノ人徳ダヨ」
「……うん」
 ニトロは溢れてきた感情をそのままに、満面に笑みを浮かべた。
「ありがとう、芍薬」

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