「じゃあ、誰が?」
「下衆」
「……あのライターか。でも、何で?」
「主様ヘノ『取材』、現在ハ目立タナイケド、シゼモジャ『追跡』ヲ企ンデタ連中ガイタロ? ソロソロバカ姫ノ戒メガ緩ンダカナッテ期待シテ、喉元過ギタ熱サモ忘レテ動クノガ出テキテモオカシクナイ時期ダヨ。『エフォラン』ノ主様ヲ揶揄スル記事ダッテ、最近度ガ過ギテキテルカラネ」
不愉快そうに言って、「マァ、ウケハ取レズニスベリマクッテルケドサ」と芍薬が付け加える。ニトロは一度目にした風刺にもなっていない記事を思い出して苦笑し、
「だから、それを牽制するためにあのライターを見せしめにするってことか」
「御意。ソレニ、ソウダトシタラ、バカノ電話デノ強イテ隠ス気ハ無イケドアエテ明カス気モナイ――ッテイウ態度モ解ル。『ミリー』ヲ『パティ』ッテホノメカシテイタノモ、主様ヲ騙スコトソノモノガ目的ジャナイノナラ問題ハナイ。コッチガ急イテ動カズ慎重ニ対応スルコトモ想定済ミダロウシネ。主様ノ質問ニ否定ヲ返シタコトダッテ、確カニコッチガ思ッテイルヨウナコトヲ目的ニシテイナイカラ嘘ヲツイテイルワケジャナイ」
それについては同意しかない。ニトロはただうなずきを返し、
「それにしても、その生贄があのライターってのは出来過ぎだね。どうせティディアに貧乏くじを掴まされたんだろうけど」
「あたしモ出来過ギダトハ思ウケド……アノ下衆ガ引ッカカッタノハ、タマタマジャナイカナッテ思ッテル」
「――たまたま?」
「アレノ動キヲ監視カメラノ映像ヲ遡ッテ追イカケテミタラ、主様ガレアフードマーケットヲ出テカラシバラクシテ、慌テテ会場カラ出テキテタンダ。マルデ誰カヲ追イ掛ケルヨウニネ」
「……レアフードマーケットの取材でもしていて、写真の確認中に俺っぽいのが映り込んでるって気づいたのかな。パパラッチするくらいなら有名人の変装対策に骨格照合ソフトくらい持ってるだろうし」
「ソレトモ『セド・ポルカト』ッテ予約確認ノ時ニ言ッテイルノヲ聞イタノカ、録音サレテタノカモネ。ソレデ気ニナッテ声ノ主ヲ照合シテミタラ、」
「ビンゴ――か」
確かに、その名は金冠鶏の卵の売り場で口にした。
パパラッチをする者が『ニトロ・ポルカト』の家族構成を把握していることは何ら不思議のないことだ。
「ソウデナカッタラ、『誰カ』ガ『ニトロ・ポルカトガイタネ』ッテ近クデ言ッタノカモ」
「俺に不当な取材をしそうな相手だったら誰でも良かったけれど、たまたま絶好の相手がそこにいたから採用した……」
「御意。実際、ソレコソ奇遇、イヤ奇跡ダケドネ」
ニトロと再会した時の『隊長』のセリフを引いて言った芍薬は苦笑いにも似た笑みを浮かべ、
「マ、モシ下衆ガイナクテモ、レアフードマーケットニハ、マダマイナーナ出店者ニ記事ニシテヤルカラッテ
「その噂、本当だとしたらあくどいなあ」
渋面で、ニトロはうなった。
まあ、レアフードマーケットには高名なグルメガイドブックに匹敵する影響力もある。あの場に出店して話題を呼んで、一気にメジャーな名産物となった物も少なくない。そういった手合いが存在していたとしても無理からぬことだ。
「噂ノ真偽ハ定カジャナイケドネ。トリアエズノ穴埋メ記事ニ使イヤスイ題材ダカラ、ソウイウノヲ狙ッタ『小遣イ稼ギ』ハ実際多イミタイダヨ。記事ガ没ッテ結果的ニ騙シタ格好ニナッタッテイウパターンモアルカモネ」
「何にしても小遣いを稼ぐ必要があるクラスのライターがいるなら『ターゲット』を見つけやすい場所、ってことか。確かにそれっぽいのもちらほらいたっけな」
「アトハ、アノライターガ主様ト『ミリー』ノ写真ヲドウ使ウカガ問題ナンダケド……」
「迷子に付き添っただけだよ。何かに使えるかな」
「何ニデモ使ウサ。ピンキリダヨ、ドノ世界デモ人間ハ」
「耳が痛いね」
ニトロが笑ってそう言うと、つられて芍薬も笑った。ともすればA.I.に自分のことも含めて苦言を呈されたと受け止められる台詞回しではあるが、マスターがそうは受け止めず、その応えもただ洒落めかしの他に意図のないことを芍薬は理解していた。
「ソウハイッテモ、ソレニシタッテ『粗イ』トハ思ウンダケドネ」
「何か気になる?」
「懸念ガアルンダ」
「どんな?」
「……コレバカリハ、結果次第カナ。デモ対策ト準備ハ怠ラナイデオクカラ、主様ハ安心シテイテイイヨ」
ニトロはうなずいた。それ以上の追求はしない。芍薬が答えをはっきり出さなかったということは、現時点で言っても仕方ないということだ。
だが、別の疑念があって、ニトロは芍薬に訊いた。
「でも、そのためにわざわざパトネト王子まで動かす必要ってあるのかな」
「都合ガイイト思ウヨ。ドンナ報道ガサレタトシテモ、『弟』ガ『恋人』ト一緒ニイテ何カ問題ガ? ソノ一言デフォロー完了ダカラ」
「女装……は、似合ってるでしょ、とでもあいつがにっこり笑えばそれで終了か」
「『クレイジー・プリンセス』ノ便利ナ効能ダヨ」
「全くだ」
忌々しげに言う芍薬に辛酸と呆れを混ぜ込んだ形に口を歪めて応え、そしてニトロはふむと一息ついた。
芍薬の仮説には筋が通っていると思う。自分の中にある疑問点も、フォローしている。ただ、何かすっきりしない。芍薬の言葉初めの浮かない表情からして、芍薬自身もそう感じているのだろうが……
「それじゃあ、他のは?」
ニトロが話題を転じると、芍薬はひとつうなずき、
「元々『ドッキリ』ヲシヨウト思ッテタケド、運良ク都合良イ『ターゲット』ヲ見ツケタカラ予定ヲ急遽変更シタ」
「うん。それもあるかも」
「――ソシテ、ココカラハ可能性ガ低クナルケド」
「うん?」
「パトネト王子『本人』ガ、コレヲ企画シタ」
ニトロはまたも驚いた。目を丸くして、赤信号の前で車を止める芍薬の肖像を見つめる。
「伝エ聞ク性格カラハ考エラレナイケドネ、デモ、アクマデ伝聞ダカラ。モシカシタラ実際ハ行動力ガアルノカモシレナイ。花壇デ主様ヲ質問攻メニシテイタノヲ聞イテ、『ディアポルト』デ調理行程ヲ見タガッタ勢イモ思エバ、好奇心ノアルモノニ対シテハ特ニソウダッテ推測デキル。
ナラ、バカ姫ニ主様ノ話ヲ沢山聞カサレテ、次第ニ主様ニ対シテ強イ好奇心ヲ抱イタトシタラ……考エラレナイコトジャナイダロ? 何セ、アノバカ姫ノ弟デモアルンダ」
「言われてみれば……うん。その線もあるかも……」
「モウ一ツ」
「ん?」
「『パティ』ヲ動カセルノハ、バカ姫一人ダケジャアナイヨ」
ニトロは、うつむいた。が、体は前に乗り出し、目つきも真剣に芍薬の推測を受け止める。
「ああ……そうか。『ミリー』か」
ぽつりとつぶやいたマスターに、車を発進させながら芍薬が言う。
「大好キナオ姉チャンニ似タ名前」
「だから、その名前だけで呼ばれたかったのかな」
気難しさを感じさせる自己基準を持っていた『ミリー』だ。そういう妙なこだわりを持っていたとしても不思議はない。
だが、
「でも、ミリュウ姫が俺に何で?」