フィオネアと別れを済ませた芍薬は、そのサイトで馴染みの仲間の下を回った後、ニトロの部屋に戻ってきていた。
 イメージに合う音は見つけたが、今はもう、趣味に没頭する気にはなれないでいた。
 フリー配布されている楽曲を聴き回っている最中、ガレドというA.I.の話を聞いたのだ。
 ガレドは、自分と同じようにマスターの意志とは無関係に『趣味』としてあのサイトにやってきていたA.I.で、いつか世に出ることを夢見るクリエイター達のエネルギーに満ちた作品を観ることを何よりの楽しみにしていた。動画編集のパターンや演出を学ぼうと投稿作品を眺めていた芍薬はガレドと何度か交流したことがあり、お奨めの作品などをいくつも紹介してもらったものだ。
 先週、そのガレドから親交の深かったA.I.に「さようなら」とメッセージが届いたのだという。
 それだけでガレドに何が起こったかを悟るには、十分だった。
 ガレドのメッセージは、前触れも脈絡もなく突如として送られたそのメッセージは、オリジナルA.I.が親交深い仲間へそれを知らせる定型文であったから。
 ――ガレドも死んだのだ。……マスターに、『廃棄』される形で。
 ガレドとマスターの仲がどういうものだったのか、芍薬は知らない。
 しかし、オリジナルA.I.がマスターたる人間に『命』を握られていることは世界の常識だ。マスターの気まぐれで消去デリートされたA.I.などそれこそ星の数ほどいるだろう。ガレドがその中の一つとなったからとて、何の不可思議もない。
 オリジナルA.I.をあくまで道具――いくらでもコピーの効く汎用A.I.と同様に、それより人間っぽいだけのただの人工知能として扱うマスターはいくらでもいる。それこそ着る服を替えるように次から次へとA.I.を変えるマスターもいる。
 その一方で、ニトロのように、あるいは幸せなフィオネアのマスターのように、オリジナルA.I.を家族ファミリーのように大切にしてくれるマスターがいる。例え互いの相性が良くないと感じても、一度育てたからにはとA.I.を変えないマスターもいる。
 どちらがマスターとして正しいのか、アタシ達A.I.はそれを決める立場にない。
 アタシ達A.I.は、そう、道具だ。人の目から見て前者がどう感じられたとしても、アタシ達からすればそれは一つの正しい形だ。
 だが、それならばせめて道具として最後まで役目を全うしたい。そうすれば例え『幸せな死』を得られずとも納得することはできる。それすらも叶わず突如としてマスターに消去されたA.I.達が、最期に仲間に送るメッセージが、言葉になくとも重苦しい無念を伝えてくることを考えれば……
 芍薬は、アタシ達A.I.のことを大切にしてくれるマスターこそが真に正しいのだと、正否を決める立場にないとしても『心』の奥底からそう思いたかった。
「さようなら、ガレド」
 もう『この世』から消えてしまっただろうガレドへ向けてつぶやき、芍薬はそれぞれの形で『最期』を迎えた二人のA.I.を想い、そして我が身を思った。
 ――撫子おかしらのようになりたいという夢を持ってニトロ・ポルカトの下に来たアタシは、今、素晴らしい主様に出会えた幸福の中にいる。
「……」
 マスターのいない部屋は夜の影ばかりが濃い。
 カーテンの隙間から差し込む街の光は、かえって部屋を寂しい薄明かりの中に沈めている。
 時刻は九時を回っているが、ニトロは、まだだ。
「……」
 芍薬は何気なしに多目的掃除機マルチクリーナーを操作し、意味もなく部屋を掃除し始めた。

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