流れ星が落ちたスライレンド王立公園に、エメラルドグリーンの瞳の少年が立った。
「これはまた……」
 ハラキリはうめくしかなかった。
 噴水地のある広場から少し森に入った所。
 数本の木を薙ぎ倒し、そこに窪みができていた。
 そしてそれを作り出した『星』は、奇妙な格好で小さなクレーターの真ん中にある。
 片方は、足を伸ばして座り込むように、トランクス一丁で。
 もう片方は、座り込む少年に抱かれながら逆立ちをしているように、ブラとショーツだけで。
 多分、パイルドライバー後……なのだろう、この状況は。ということはあんな上空から二人はパイルドライバー状態で地表に激突したということか。
「どうか死んで、いませんよう……」
 ハラキリは『眼』に力を込め、二人の様子を探った。
「――ふむ」
 彼は安堵した。
 正直、驚くばかりだが……通常の生命エネルギーがそこに二つ存在している。重症を負っている気配も、危篤である不安定さもない。ぴくりとも動かないのは、どうやら失神しているそれだけのためであるらしい。
 薙ぎ倒されているのは周辺近接の数本の木々。幹が折れ、あるいは根がめくれ上がっているが、しかしその程度。
 抉られた地の深さに比べれば窪んでいる範囲は半径2・3m程度と狭い。
 森の中、いくら柔らかい土だからといってそれが『隕石』を受け止めるクッションになどなり切れるはずもないのに……
 とはいえこの不自然、ここまできたら何も不思議な話ではないとハラキリは頭を振った。
「おひいさんが最後の力を振り絞ったか。
 それともニトロ君が手加減したのか」
 真実は定かではないが、どちらかだろう。正解がどちらなのか興味はあるが、これではきっと二人は記憶を保ってはいまい。確かめる術がないのであれば、まあ、ここは二人が生きているという結果だけで満足しておこう。
「ん?」
 ふと、彼はクレーターの縁で折り重なり倒れている二つの白いものを見つけた。
 近づき見るとそれは『天使』の成れの果てだった。
 ティディアと、ニトロの『天使』。
 それらはぴくぴくと痙攣して、力を使い果たしたと真っ白になり白目をむいて、やがて灰燼と化し風に吹かれて消えていった。
「……本当に、どういう存在なのやら」
 ハラキリは軽く肩をすくめ、クレーターに足を踏み入れた。
 まずはティディアのヘソの上で組まれたニトロの手を解き、ぴんと空に向かって突き立つ足を掴み引っこ抜く。
 そして思わずハラキリは吹き出した。
 ティディアの顔は酷い有様だった。『天使』と同じように白目をむいて泡を吹き、完全に意識がトんでいる。ハラキリは彼女をそっと横たえ、色を取り戻した黒紫の髪を汚す土を軽く払い、笑いを噛み殺して瞼を下してやった。
 次にニトロを横にすると、彼もティディアと同じで白目をむいて、泡を吹く代わりに微笑み浮かべて気絶していた。ハラキリは思わず再び吹き出して、笑いを噛み潰しながら友人の瞼も下ろしてやる。
「……おひいさんが……頑張ったのかな」
 それからハラキリはティディアのブラジャーに挟まっている、小さく畳まれた紙を見つけた。
 一見したところ二人は服が燃えきった他、何か大きな傷があるわけではない。天空から流星となって落下してきたというのに、髪すら焦げていない。二人の下着は所々が焦げていて、おそらく服やら何やらはともかく体だけはとにかく無事にと守ったのだろうが……それに加えて彼女が懐に守った『婚姻届』も、全くの無傷だった。
 ニトロはこんなもの燃え尽きて大喝采だ。
 としたら、これを守ったのはティディア。
 だとしたら、二人の命を守ったのも、彼女かもしれない。
「でも、駄目ですよ」
 ハラキリは――悪夢にうなされているのか顔を強張らせて眠るティディアに囁いた。そして「失礼」と断り『婚姻届』を回収する。
 これは、彼女の手元にあってはいけないものだ。
「主様ハ!?」
 ふいに襟元で芍薬の声が張り上げられた。こちらからの連絡の遅さに耐えかねて通信を入れてきたのだ。
 ハラキリは苛立たしさを隠さぬA.I.に飄々と、書類をポケットにしまいつつ応えた。
「二人とも生きてるよ。迎え、よろしく」
「承諾!」
 応答を受け、芍薬は歓喜と共に通信を切った。
 念のためまずは自分が確認してくると、近場で待機させておいた装甲飛行車アーマード・スカイカーがすぐに飛んでくる。
 芍薬は着陸を待つ時間も惜しいと飛び降りてきた。撫子から借りたメディカルアンドロイドでクレーターに飛び込んできて、大切なマスターの傍らで両膝をつくと表情も豊かに破顔した。
「ハラキリ様」
 芍薬がすぐさまニトロの検査を始めたのを横目に、ハラキリは撫子からの通信に応えた。
「どうした?」
「ネットワーク上ノ、今回ノ件ニツイテデスガ……」
 撫子がインターネット上で今回の事件がどう騒がれているかを知らせてきたのに、ハラキリは促しを返した。
「『ティディア』ノ一言モアリマセン」
 思わぬ報告にハラキリの眉がひそまる。
「それは……変だな。本当に?」
「牡丹ニモ調ベサセテイマスガ、ドウヤラ『異常能力者ミュータント』ノ仕業トナッテイルヨウデス。『第二の人間呪物マンナイトメア出現?』ナドト少々オ祭リ騒ギニモ」
「お祭り騒ぎとは、随分緊張感がないな」
「ハイ。ナニシロ『"赤と青の魔女"が死んだ』ト、スライレンドカラ発信サレタ情報ノ全テハソウ断定シテイマスノデ」
 それは俄かには信じられぬことだったが……まあ、そうなっている原因に心当たりはある。彼女が理性をまだ残していた頃に『仕込んで』いたとしたら、それは何も『変』ではない。
 その上、事件後の『お祭り騒ぎ』までも始まっていることを考えれば、事件の詳細など一つも分かっていないはずの人々がそれだけ安心しきっていることが推察できる。
 ……よほど凄烈なインパクトとして、スライレンドの皆の意識に情報が――『魔女の死』が刻まれたのだろう。
「ふむ……」
 木々の合間に着陸できるスペースを見つけて装甲飛行車アーマード・スカイカーが降下してくる。枝葉を折り散らしながら着陸し、すぐにヴィタが飛び出しティディアに駆け寄ってくる。
 それから、アンドロイドが『ピコポットXYX』を運んできた。それを芍薬が奪い取ってニトロの治療を始め、器具を先に使用されることにヴィタが文句を言える筋もなく、彼女がただ芍薬に頭を下げてティディアの検査もと頼んでいるのを、ハラキリは聞いてやりなと後押しした。ニトロも、きっと同じことを言うと、そう言って。
 苦々しげに芍薬がティディアの状態を確かめ始める。
 ハラキリは、撫子へ言った。
「それじゃあ、そういうことで動いた方が良さそうか」
「ハイ」
「分かった。
 それで韋駄天は、まだ暴れ馬をなだめてるかな」
「今シガタ、スカイモービルノ異常ガ消エタト『韋駄天号』ニ戻ッテ参リマシタ。スカイモービルモコチラデ保管シテアリマス」
「それの後処理は芍薬に任せよう。とりあえず、韋駄天をこちらへ。『タイムアウト』までにはここから立ち去る」
「ハイ」
「副作用への対応もよろしく」
「御覚悟ヲ」
 撫子がカシコマリマシタの代わりに返してきた言葉に、ハラキリは笑えないなと笑った。逆に撫子へ了解を返して通信を切る。
 ハラキリは、そこで『一区切り』を強く実感した。
 まだやることはある。
 まだやらねばならぬこともある。
 だが、自分の役目は、ここで一休みだ。
「まったく……大変な二時間だった」
 疲れを吐息とともに吐き出して、迎えが来るまで何やら言い合っているヴィタと芍薬の仲裁でもしておこうかと、ハラキリはのん気な調子で二人の間に割り込んでいった。

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