鎖分銅を両手に構え、ふと、ティディアの視線が己の手に置かれたままであることにハラキリは気づいた。
「開発名:鍛冶神ゴヴニュ
 意識してしまった以上、心読まれれば悟られる。隠しても仕方がない。
試験者モニターを頼まれていましてね」
 特製の専用素子生命ナノマシンを内蔵した神技の民ドワーフの試作品。機能はそこらにある素材を用い脳裡に描いた形状を作り出すこと。そもそもは玩具として発明されたもので、作り出せるものは単純構造の物に限られるが、しかし、これは応用の効く便利な武装だとハラキリは思っていた。
 もちろん光線銃レーザーガンを始めわざわざ敵に近づく必要のない兵器が様々にある現在、この手袋で作り上げられる原始的な武器は通常の戦闘では役に立たないだろう。とはいえこういう状況ではすこぶる有用だ、と。
「このように使います」
 ハラキリは右手でポケットから銀色に輝く金属片を取り出し、それを手袋から溢れた素子生命ナノマシンで包み込むと瞬時にナイフへと変じた。それからティディアに見せびらかすように閃かせてみせ、不意に、手首の力だけでティディアに投げつける。
 それは何の予備動作も、投げつけるという予兆すらもない無造作な動きだった。鋭く回転して飛ぶナイフは、標的に身構える暇も与えず必殺の速度で強襲した。
 だが、ティディアは――ハラキリの狙いに応えてやると言わんばかりに――心臓目掛けて飛来するその切っ先を不可視の手で容易く払い落とした。
 ハラキリのまなじりが細まった。
 彼が投げたナイフの原型は『スプーン』だった。『超能力サイオニクス鑑定スプーン』。曲げたり動かしたりすることができたら、それは超能力サイオニクスによる影響ではないと判定できるものだった。空虚な音を立ててアスファルトに落ちた『ナイフ』は、確かに、ティディアの不可視の手によって払い落とされた
 最初の連絡で対超能力アンチ・サイオニクスが効かなかったと聞き、よもやと案じて持ってきておいたものだったが……良かった。これで『無駄な捕縛法』を仕掛けずに済む。
「それにしても」
 ハラキリは笑った。呆れたように。
超能力サイオニクスでないとなると、天使流超能力サイオニクス……それとも、本当に『魔法』でしょうか」
 どちらにしても未知の力だ。研究所の計測器でもその力の質感でも超能力としか思えないのに、事実超能力ではない。ではどのようなものかと調べようとしても、まあ、それこそ無駄だろう。『天使』とはそういうものだ。
「しかし『魔法』だとすると……ああ、そういえばこれはお話ししてませんでしたね」
 ティディアが聞く耳を持たぬと動き出す。そこに、一条の閃光が襲い掛かった。
 離れたビルの屋上に配置したアンドロイドが放った、黄色の光線レーザー。制圧用で、赤色の光線のように熱量で攻撃するのではなく、電撃に似た衝撃を与えるもの。ただし出力によってはあまりの激痛にショック死のおそれがあるものだ。
 閃光は、最大出力で放たれていた。
 ほぼ光速のそれが放たれてから避ける術はない。されど何の身振りもないティディアの直前で光は捻じ曲がり、ニトロへアタッシュケースを渡したアンドロイドに命中してそれを破損させた。
(……本当に万能だな)
 それを、その光線を捻じ曲げたものを改めて観ていたハラキリは、内心うなった。
 『天使』の効能――今の彼は、『』を見ることができる。
 その運動量、そのエネルギー、そのベクトル、本来肉眼には不可視である力そのものを彼はエメラルドグリーンの瞳に映すことができる。
 ティディアは、今、揺らめく炎に包まれていた。
 それはまるで太陽のようだった。
 透明で、紅い。金色に輝き、白銀に閃く光。その輪郭は蜃気楼のごとく朧だが、王女の体、さらにその中心に向かうにつれ『力』の重厚さは増していく。
 ――美しい。
 見ているだけで惚れ惚れとする。
 神々しい光を纏う美女がそこにいる。
 だが、ハラキリの五臓六腑は絶えず気味悪さに圧し掛かられていた。
 時折ティディアの身から、紫の霧が漏れ出している。現れてはすぐさま太陽の光の中に融け込んでしまうが、ハラキリはそれが何かを理解していた。
 悪夢的な『力』の片鱗だ。
 初めティディアを見た時は、彼女が身に纏う光の衣が『天使』から与えられた力だと思っていた。スプーンを弾いた時と光線を曲げた時では質感が違ったことを考えれば、意志により『形』を自由に変えて超能力サイオニクス――否、『超能力様の作用』を及ぼす驚嘆するほどのエネルギーの塊。それがティディアの『天使』の力の全貌だと。
 ……その認識は、生易し過ぎた。
 王女の内部には、眼に映るエネルギーより遥かに強大な力が凝縮されている。
 それは『仮説』正しく『手加減なし』の力なのか、それとも『天使の効果』が未だ右肩上がりに上昇し新たな力を生み出そうとしているのか……
 またティディアの身から紫の霧が溢れる――それが光を侵食するかのようにその内に融け込む――そして霧が溢れ出た場所は、幽かに、ひび割れを塗り塞ぐかのように光の濃度を増す。
 その光景は、相反する二つのものがせめぎ合う葛藤にも見えるが……。
 いや、どちらを理由にしての『力』かを検証しても現状意味はない。『説得』に効果がなかった以上、『仮説』が正しかったとしても、今それを検証し正誤を確かめたところで単なる自己満足にしかならない。
 ただ、重要なのは、このままティディアを放っておけば現在の戦力では手に追えなくなるという現実だけだ。
 再び、一条の光が閃いた。
 それは繰り返し映像を見ているようにティディアの直前で進路を捻じ曲げられ、
「お話しして、いませんでしたが」
 ハラキリがいた場所を光線レーザーが貫いた。彼は光が放たれる寸前に地を蹴り、すでに人ならざる速度でティディアの横手に走りこんでいた。
「『天使』を作った神技の民ドワーフの動機」
 さらに背後に回りこんだハラキリをティディアは不可視の腕で殴り飛ばし――同時、飛ばされる彼の右手に引かれた鎖を追ってアスファルトの塊が彼女に突進する!
「?」
 虚を突かれたティディアはしかし動じず、眉をひそめてそれを受け止めた。受け止め、鎖を引くハラキリに引き寄せられ、彼に接近しては罠がありそうだと空へ飛んでそれから逃れた。
「『魔法少女』に憧れてのものだそうです。もしかしたら、おひいさんはその理想の体現者なのかもしれませんねえ」
 空からハラキリを見下ろすティディアの顔は、無表情ながらも釈然としない意志を見せていた。
 おかしい。彼は、こういう攻撃をすると決定はしてはいなかった。
「……」
 ティディアはハラキリの思考を読む『力』を強め、より詳細な情報を脳裡に転送した。
 一気に幾十の戦法とそこから派生する幾百幾千の戦法がティディアの頭脳に流れ込んだ。その内どれを選びどれを組み合わせてくるかは混沌として、無意識の領域にも達しているようだった。
 さらに戦闘中ともなれば彼の思考は思考ではなくなるだろう。考えながらも考えない。『思考』と『感覚』は限りなく一体となり、『決定』と『反応』は髪一本を隔てる隙も無い刹那の世界で行われる。
 まさについ直前、彼がそうしてみせたように。
 これでは『敵』が無数の選択肢を取捨選択するのを待って対応していては、それだけ後手に回り続けてしまう。無駄なおしゃべりは思考を読むことを阻害するためかと思っていたが、それは時間稼ぎになればいいな、程度のものか。
 ――と、ふいにティディアが思考を読んでいると察知したハラキリが彼女に言葉をかけた。誇るように、あるいは、撹乱するように。
(思考が読める程度、大したアドバンテージにはなりません)
 ハラキリの眼は、ティディアから少し離れたところで一点輝く衛星を捉えていた。それは常に自分の頭部に向いていて、その上光はこちらを覗き込むような素振りをしたティディアに呼応して強くなった。目を凝らせば衛星からティディアの頭へ流れる帯光も見える。
 おそらくは、それが『テレパシーのタネ』なのだろう。表層しか読めないと言っていたことを考えれば、その光は脳を流れる電気信号をリアルタイムで感知・言語化してティディアへ送っている……といったところだろうか。
「よく、訓練されている」
(おや、当たりですか? それとも当たらずとも遠からず?)
 ティディアのつぶやきを耳ざとく聞きつけ、ハラキリがなおも話しかける。
(まあ、でも。大したアドバンテージにならなくても、アドバンテージにはなりますけどね。相手の考えが判るのは、実際『判らないに』比べて天と地ほどの差がある)
 ハラキリの言うことは矛盾にも近い。微妙なニュアンスで彼の認識を語っているだけか、それとも単純に揺さぶりだろうか。ティディアは付き合うのは面倒だと『力』を弱め……はっと上を見た。
 アンドロイドが三体、降ってきていた。さらに下からは目を離した瞬間ハラキリの投げつけたアスファルトの塊が向かってくる。

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