飛行車スカイカー離着場に出ると、ちょうど地に描かれた円の内へ大型の装甲飛行車アーマード・スカイカーが降りてきていた。ヴィタは着陸したそれのドアが開かれるや飛び込むように乗り込み、即座に命じた。
「やってください」
「了解」
 車内に機械音声が響き、オリジナルA.I.が車を空へと飛び上がらせていく。空には十数台の装甲飛行車アーマード・スカイカーが待ち控えていて、先んじて目的地へと飛翔するヴィタの車の後を隊列を組んで追いかけてくる。
 ヴィタは隊列を指揮する長と連絡を取り、策を確認した。
 それから同乗する三体の、作業服に似る服を着たアンドロイドに向き直る。
「セッティングは?」
 ヴィタの目は――ティディアの遊び用に改造された――装甲飛行車アーマード・スカイカーの広い車内で一際場を占領しているベッド……『ピコポットXYX』に注がれていた。緊急医療器具の最高峰、これがあればどんな大怪我を負い瀕死の状態であろうと直ちに救命することができる。
「全テ完了シテイマス」
 ヴィタはうなずいた。
「では待機を」
「了解シマシタ」
 アンドロイドは揃って頭を垂れると、隅に移動し席に座った。三体文字通り動きを止め、一組の彫刻のように不動となる。
 ヴィタは『ピコポットXYX』の傍らに整頓された撮影機材を眺め、必要なものが全て揃っていることを確認し、またうなずいた。
 この先、自分はアンドロイドと共に撮影スタッフになる。
 後を追ってくるティディア直属の兵士達にしても、主力ではなく後方支援、万が一の事故に備えた人員として呼んだものだ。
 すでに、ニトロを守る手は打ってある。
 この事態に対するプロフェッショナルが動いている。
 ニトロを守る最大の守護者、そしてアデムメデスで最も『天使』を扱える彼が。
 自分達の役目は、先ほど自身が所長に言った通り、この件がどんな騒動となったとしても『事件』ではなく『クレイジー・プリンセスの余興』の内に収めるために動くことだ。
 そう。
 この件は、あくまで『クレイジー・プリンセスの余興』なのだ。
 そうであれば、そうすることでティディア姫を守るだけでなく、彼らがどんなに派手に動いてもフォローできる。芍薬がどんなに不正アクセスを行っても、ハラキリがどんな武器を使い立ち回ろうとも、それは『余興のための演出』に落とし込むことができる。
 それが最善の手だ。
 ……もっとも、『天使』の効果がすでに切れてくれていたらそれこそ最善なのだが……
「はあ」
 速度を上げていく装甲飛行車アーマード・スカイカーの中で独り、ヴィタは静かに息をついた。
 ニトロの行き先は芍薬とハラキリに連絡をつけた際に聞いた。彼の携帯電話の位置測定情報を芍薬から提供してもらい、その詳しい位置も得ている。
 車内には幾つものモニターがあり、その一つに描き出されたスライレンドの地図に赤い丸が打たれている。A.I.に拡大するよう命じると地図の縮尺が変わり、より詳しい情報が表れた。
 赤い丸――ニトロはビルの谷間を細く貫く並木道の傍ら、『アランデール』というカフェにいるらしい。
「まだ捕まっていないといいのですが……」
 と、その時、ヴィタの耳を外部からの通信を報せる音が叩いた。
 音の元の板晶画面ボードスクリーンを見ると、プライベートの回線へミリュウ姫からの連絡があると表示されている。
「……」
 内容は、聞かずとも知れた。
 されど無視することはできない。通信形態は電映話ビデ-フォンだと記されている。ヴィタはすぐに出ては怪しまれると保留を返した。防音の効いた車内だが僅かに漏れ入っているエンジン音が音声に紛れぬようコンピューターに処理を命じ、最も大きな車載モニターを部屋の壁に『擬態』させてそれを背景にし、それから板晶画面ボードスクリーンを操作して手元へ通信をつなげる。
「こんばんは、ヴィタ」
 画面に映し出された少女は、姉と同じ黒紫色の髪を綺麗にセットして、ドレスアップとまではいかないが身なりもきちんと……これからデートに行こうとする女の子のように整えている。それを見ただけで、彼女がどれだけ今日姉姫を招待した晩餐に力を入れていたのかが痛いほど伝わってくる。
「こんばんは、ミリュウ様」
 ヴィタは小さく頭を垂れて、挨拶を返した。
 ロディアーナ朝第三王女にして、第二王位継承者――ミリュウ・フォン・アデムメデス・ロディアーナ。彼女は十七の少女らしい若さに輝く肌をさらに輝かせ、頬にえくぼを刻んだ。
「お仕事の調子はどう? お姉様、どれくらいでこちらに来られそうかしら」
 ヴィタは、久々に姉と一緒に食事ができることを心待ちにしている妹姫に、涼しい顔で答えた。
「申し訳ありません。現在、見通しが立たない状況にあります」
 途端にミリュウの顔が曇った。
 彼女は姉に似ていない。面影はあるが蠱惑的デモニックと形容される姉に比して素直すぎる容貌は、しかしこういう顔をした時はやはり姉妹だ。眉をひそめる仕草はよく似ているとヴィタは思っていた。
「何か、問題が起こったの?」
「少々」
 画面の中で、ミリュウは消沈した目つきでじっとヴィタを見つめた。
「……まさかとは思うけど……」
 躊躇いがちに彼女は言った。
「『ニトロ・ポルカト』が、絡んでないよね?」
 ヴィタは内心、ミリュウが珍しく見せた鋭さに驚いていた。ポーカーフェイスには自信がある。モニターに出した背景もこの条件ではそうそう偽物だと見破れないはずなのに。
「なぜですか?」
 それでもヴィタは表情をほんの僅かにも変えない。声音も涼しく問い返されたミリュウは、隠し事の気配すら見せない執事の様子に眉を垂れた。
「……ちょっとね、気になっただけ」
 それ以上疑いを押し込むこともなく、ヴィタの問いに答える。
「ほら、お姉様が都合悪くなるのって、いつも『ニトロ・ポルカト』絡みじゃない?」
 確かに、ヴィタが執事になってからこれまでというもの、ティディアがミリュウと会う約束をしてそれを反故にした時は大抵ニトロ絡みだった。そもそもティディアがニトロを見つけてからは、彼女がミリュウに構う時間も減ったと聞く。特に最近は彼と『漫才』をしていることもあり、その練習などで姉が妹と会う時間は輪をかけて激減している。
「だから、ね?」
 寂しそうに首をすくめてミリュウが笑う。
 ヴィタは、やはり何事もないように言った。
「仕事が終わり次第、すぐにそちらへ向かえるよう手配しています。ご安心下さい」
「うん」
 ミリュウは素直にうなずいた。
 画面に現れた時には華やいで見えた姿が、今は影を帯びてみすぼらしく思えた。
「分かった。お姉様には無理をしないでと伝えてね。わたしはパティと楽しくやってるから」
「かしこまりました」
 頭を垂れる姉の執事が顔を上げるのを待ち、それから名残惜しげに小さく手を振ってミリュウから通信が切られる。
 完全に通信が切れたことを確認して、ヴィタは小さくため息をついた。
 今頃彼女は、姉は来られなくなったと弟君――パトネト王子に話していることだろう。
(悪いことをしてしまいましたね)
 肩を落としたミリュウの姿が目に残る。
 ティディアは本当に、遅刻するとはいえ今日は必ず行くつもりで約束していたから、その分彼女の落胆は大きいだろう。
 ヴィタは板晶画面ボードスクリーンに主人と妹姫のスケジュールを呼び出した。分割した画面に双方を並べ、両者の都合が合いそうなところはないか調べ出す。こういうことに関するフォローも自分の役目だ。
 そうしていると、画面の端に薄紅色の丸印が現れた。それは芍薬からの連絡だった。スライレンドにてティディアを確認したと情報がもたらされる。
 そして、最後に打たれた一文に、ヴィタは目を細め安堵と感嘆の吐息をついた。
「さすがです」
 その一文は短く、ニトロを保護したと報せていた。

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