「ティディアはさ、無駄に自信家で無意味に自己肯定が強いじゃないか。しかも厚顔無恥だ」
「突然ひッどいこと言われて驚愕を禁じ得ないわけだけど、まずは何も悪いことをしていない私を何故そんなに罵倒するのか教えてくれないかしら」
「罵倒したつもりはないぞ」
「悪口言ったじゃない」
「事実を述べると悪口になるのか?」
「時々ニトロってすんごい辛辣」
「度々迷惑行為を繰り返すよりはなんぼかいいだろ」
「良いか悪いかはケースバイケースじゃないかしら。事実だってそのまま述べると悪口になることがあるのはニトロだって知っているでしょ? 性格ブスにブスって言ったらキレられるし、会議でぼんくら社長がいかに無能であるかをプレゼンして改善点を提案したらクビを切られる」
「で、このケースでは?」
「実はニトロは事実を述べていない」
「その心は」
「私は有用に自信を持っているし、有意に自己を肯定している。誰に何を言われても恥じることなんて一つもない。だって私は美しく、綺麗で、可愛いし、美尻だし、美おっぱいだし、悩ましい腰つきに長い足、玉にも負けぬ美肌と艶めく黒紫の髪も魅力一杯、瞳も麗しく色気がある。天に賜る造形の全てが至高、
「さっきからツッコミ待ってる?」
「ノーガードで愛されたいの」
「で、お前からするとその世の中のクズの
「やー、ニトロはクズじゃないわよぅ。私のだ・ん・な・さ・ま」
「質問があるんだけど」
「……」
ティディアは、そこで一度口をつぐんだ。珍しくニトロから話しかけてきて、珍しく内面的な質問を投げかけてくる……彼女は天井を見上げた。外は豪雨だけれども、雨雲の上は常に晴れている。私の心もいつだって晴れている。
「何?」
微笑み、彼女は聞いた。
ニトロは腕を組み、
「ちょっとクラスメートと話してたんだ」
彼が学友との話題を持ち出すのも極めて珍しい。普段はその手の話題はティディアから振ることはない。それは暗黙のルール、禁忌である。そこで彼女は少々興奮した。これはすなわち彼が私に心を開いてきた
ニトロはぼんやり天井を眺めて、言う。
「お前が自信家で自己肯定が強いのはやっぱり、だからなんだな」
「んー?」
「さっき言ってただろ? 美しいとかお金持ちだとか。それで自信を持たない方がおかしいって」
「んー、察するに、ニトロが、クラスメイト達に“だから”だと言われたのね」
「……」
口元を歪めつつ、彼は答える。
「ああ、みんなそんな風に言ってた。いや、もっと褒め称えられていたよ、お姫様」
「やー、ニトロにそう言われるのは新鮮ねー」
唇をほころばせたティディアは両手を合わせ、指を組む。そして、
「繰り返しになるけれど、それが私の自信にならないわけがない」
「まあ、そうだよなあ」
ティディアは笑った。
「それでニトロは、どう答えたの?」
「あん?」
「みんなに、ニトロは?」
「……だろうねって言った」
「それで?」
「
くすくすとティディアは笑い声をそよがせる。ニトロは部屋の隅にある観葉植物を見る。少し背けられた顔、不貞腐れたような頬から続く彼の耳の曲線を見つめながら、彼女は言った。
「だけど、それなのにニトロは何故私に質問をするの?」
「もしお前がそういうことだけで満足するような奴なら、俺も苦労はなかっただろうなあって思ったからだ」
ティディアは笑いを噛み殺した。
「そうねー」
くすぐられているかのように彼女は体を揺らす。
「もしさっき言ったことの全てを失ったとしても、私は自信を失うことはないでしょうね」
ニトロが観葉植物の葉の
「何故なら、私はここにいるから」
その、声。
「私が私でいる限り、私が自信を失うことはない。私を否定することもない」
ニトロは、ティディアを見つめた。壁と天井と床に仕切られたこの空間の、彼女のいる場所だけが歪んでいるように思えた。歪んで、光を集めているように思えた。――しかしそれは錯覚である。彼は片笑みを浮かべ、
「だよなぁ」
半分は皮肉気に、しかしもう半分は……うなずく彼の姿にティディアの頬がかすかに熱くなる。
「ねえ、ニトロ」
「なんだ?」
「隣に行っていい?」
「ダメ」
「えー!?」
びっくり
「ちょっと! 今の流れで拒否するなんてあり!?」
「いや今のどんな流れで許可されるなんて思うんだよ」
「だって質問に答えたじゃない。訊くだけ訊いてポイ捨てなんてひどい!」
「人聞きの悪い、それくらいでポイ捨ても何もないだろ。てかそれくらいで隣に座ることを許すほどの自信は俺にはないんでな」
「やー、そこに自信は関係ないと思うの。むしろ、それくらいで惚れさせてやったぜ☆ くらいの自信を持って欲しいの」
「そりゃ自信じゃなくて勘違いッつーんだ」
「勘違い大事。世の中の大抵の自信は盛大な勘違いだし、それでうまくいくこともわりとあるもの。ね? 勘違いしましょう?」
「お前とうまくいきたくなんて無いからなおさら勘違いしないように気をつけよう」
「えええーーー!?」
これまで二人のやり取りをじっと黙って聞いていたヴィタが、にまにまと笑みながら声をかける。
「ティディア様」
「何!?」
「お時間です」
「……え〜?」
あからさまに不満を表すティディアに、スーツ姿のニトロは立ち上がり、
「というわけだ。ご要望通り隣に来ていいぞ」
「違うわニトロ、そういうんじゃない、そういうのじゃないわ」
「何だよ、それじゃあやっと『解散』してくれるのか?」
ニヤリと笑うと、ティディアは椅子を蹴倒し立ち上がり、
「そんなわけがないでしょう!?」
怒鳴り声がそのまま表れたかのように、身を包む全身タイツから唯一ぽっかり出ている顔を凄ませる。アイシャドウの濃い目尻も険しく、まあるく紅を塗った頬も怒らせて、
「いい? ニトロ。覚悟なさい。今日の私は暴れてやるから」
嘆息し、ニトロは言う。
「いつものことだろ?」
「ええ、いつも通り、ニトロを困らせてやるのよ」
台本があってもアドリブ全開、それが舞台に笑いを生むから誰も止められない。というかそもそも『クレイジー・プリンセス』を止めようという者など一人もいない。ニトロはちょっと嫌な顔をしたが、すぐに気合いを入れるように肩をそびやかし、
「それならいつも通りにツッコミ倒すさ」
ティディアも肩をそびやかす。胴体と同じく桃色タイツに包まれる脳天には黄色い花が一本ひょろりと咲いている。それが突風を受けたかのように傾いだ。激しくヒールを鳴らして彼女は進み、一際高く踵を鳴らして『相方』の隣に立つ。形もピッチリ浮き出る胸を張り、
「上等。いくわよニトロ」
されば二人は歩き出す。
タイミングを見計らい、ヴィタが扉を開く。
そうして漫才コンビ『ティディア&ニトロ』は、本日もアデムメデスへ笑いを届けに颯爽と楽屋を出て行った。