トクテクト・バーガー・アデムメデス国際空港第二ターミナル店にやってきたハラキリは、客のまばらな店内をぐるりと見渡し、中ごろの二人掛けの席に座ってダブル・ビッグ・バーガーに齧りついている目当ての人物へと歩み寄った。
 するとその美青年――アデムメデス人にはそう見える――は歩み寄ってきた相手がちょうど声をかけようとしたところに目をやって、
「あら、早いお着きね」
 にこりともせず、男とも女ともつかぬ声を受けてハラキリは肩をすくめる。
「突然ではありましたが、たまたま高速の入り口近くで母から連絡を受けましたもので」
 そう言いながら、彼は髪を五色に染め分けた異星人の対面に座った。テーブルの傍らには大きなトランクが二つ並べて置いてある。
「どこかに行くところだったのかしら」
 ポテトを齧りながら異星人はやはりにこりともせず言う。が、ハラキリはその目元がかすかに細められていることを認めた。これでも相手なりに親愛の笑みを浮かべているのだ。
「友人と楽しい鬼ごっこをする予定だったんですよ」
「ああ、ニトロ・ポルカト君と。それは悪いことをしたわね」
 ハラキリは異星人を見つめたまま、周囲の気配を窺った。が、すぐ隣で五色の髪の美青年に眼差しをちらちらと送っている少女は“その名前”に何の反応も示さない。
「問題ないわ」
 事も無げに異星人が言う。口角が少しだけ下がっている。満面の笑みだ。そしてその眼差しが示すのは木目調のテーブルに置かれた革の財布、いや、財布に見せかけた“何か”だった。
「わたし達の話は、お隣には最新ファッションの話題になってるわ。サこく語でね」
 サこく語は、音だけなら銀河共通語に非常に似ていると評判の言語だ。ならば良い。ハラキリは財布を手に持ち、定空間言語変装機エリア・スピーチ・ディスガイサーとでも言うような機械を革の下に感じながら、
「新製品ですか?」
「ただの玩具。暇潰しに作ってみたの」
「はあ、そうですか」
 アデムメデスで売り出したら儲かるかなと思いつつ、機械を置く。
「あげないわよ」
「母への土産でしょう? どうせ来週には壊されてますよ」
「あら、あら、相変わらず生意気だこと」
 神技の民ドワーフは片目を細める。それもまた親愛の笑顔の一つだった。その表情を知らぬ者からすれば侮蔑の顔にも見えるだろう。実際、会話の内容と表情が一致しないことに隣席の少女は困惑しているようだ。
 異星人はほとんど無表情で大きなハンバーガーをまた一齧りする。もしその額に閉じられた眼が開いていれば、そこには実に豊かな情感が表されていたことだろう。
「ピッパさんも、相変わらずそれが好きですね」
「アデムメデスに来たらこれを絶対に食べないと。ザ・ジャンクフード! 実に美味しいのにクソ不味いなんて素晴らしい提案サジェスチョンだと思わない?」
「ひたすらどん詰まるだけのサジェスチョンだと思いますが」
低回ていかいするサジェスチョン、生み出されるのは常に徒花あだばな、それもまたロマンよね」
「ロマンとやらで悪夢を見せられる人もいるわけですがね」
 ハラキリの痛烈な皮肉にピッパは肩を揺らした。これはアデムメデス人にも分かりやすい。喧嘩でもしているのかと心配していたらしい少女が安堵の色を見せる。
「この時期に来るのはまずいと思いませんでしたか?」
「関係ないわ」
「でしょうね。で? まさか母に会いに来た、ついでにハンバーガーを食べて観光するつもりだった、というだけじゃあないんでしょう?」
 ハラキリはちらりとトランクを一瞥した。ピッパは首を傾げる。肯定のうなずきだ。他のアデムメデス人――例えばもしニトロを相手にしているならばピッパは縦にうなずくだろうが、勝手知ったるジジ家の人間には地元身振ローカル・ジェスチャー丸出しである。
「こっちを持っていって」
 と、ピッパが細長い靴の先でトランクの片方を叩く。
「で、こっちは鞄持ちをよろしく」
 ポテトを咀嚼しながら目でもう片方を示す。ハラキリはかすかに苦笑しつつ、
「中身は?」
「新しい『戦闘服』と、『天使』の追加。それから『鍛冶神ゴヴニュ』。ついでにこまごましたパーツを適当に詰めてきたから使えそうなの使ってみて」
「了解しました」
「『戦闘服』と『天使』は報告できる時で構わないから」
「悠長な開発環境ですねえ。まあ、今に始まったことじゃありませんが」
「でも開発者は期待してるようよ。ニトロ・ポルカトとあのおひめさん周りで面白い事があれば出番があるだろうし、特に『天使』の奴がね、期待してる。彼の変身は理想から程遠いけど、“好相性”に関するデータは希少だってね」
「そうですか。ニトロ君が聞いたら眉間に皺を寄せて嫌がりますよ」
「だろうね」
 ピッパは肩を揺らす。しかしその目に興味の色はない。ニトロに会いたいという気持ちが皆無なのだ。いや、ティディアに対しても興味はあるまい。ハラキリは指定されたトランクを少し引き寄せ、
「それで『鍛冶神』は悠長とはいかないようですが、これはどんなもので?」
「玩具」
「玩具?」
「玩具」
「それを拙者に?」
「『玩具』を壊したからこそのご指名よ」
 その『玩具』こそ、セスカニアン星の宙域においてラミラス籍の宇宙船内で暴走し、多数の死者を出した呪物ナイトメアのことだ。
 ハラキリははっきりと苦笑し、
「随分ひねくれた依頼理由ですねえ」
「生真面目なモニターじゃ得られないデータを期待してるのよ」
「なるほど」
「一ヶ月以内に一度使用感を伝えてちょうだい。でもきつい言葉は控えてね、それ作ってるのメンタル異常に弱いから。改善点他要望等は不要。誉め言葉は大歓迎。できれば過酷な環境で――もちろん生身で――使ってみて、そのデータももらえると助かるって」
「できれば、というよりそれが本命でしょう?」
「火口とか海底とか砂漠とか宇宙空間とか餓えた猛獣の目の前とか死ぬ、って思える場面で死ぬ、って思いながら使ってみて欲しいって言ってた」
「玩具、と確かそう言っていたはずですが」
「あれが何を考えてるのかは知らない。キャッチコピーにでもしたいのかもね」
「“使用者が死んでも動作保障”とかですか」
「提案しておくわ」
「ついでにその本命と誉め言葉については生真面目なほど非協力的だったと伝えておいてください。罵倒は飲み込んでおきます」
 ピッパは縦にうなずいた。否定的なニュアンスを含むうなずきだった。『(良くて)気が向いたら』という程度である。しかし慣れているハラキリは苛立ちもせずに、バーガーもポテトも食べ切りソーダを飲み干そうというピッパへ問う。
「母は三時間ほどで王都に戻ってきます。それまでどうしますか?」
「『天啓の間』を見たい」
「ふむ?」
 ハラキリは、不機嫌に眉根を寄せた。ずぞぞとソーダを飲み干すピッパは揺るがない。ハラキリは第一王位継承者から『天啓の間』に招待されたことがあり、その歴史的な部屋の素晴らしさを母に語ったことがある。母はピッパにそれを聞かせたのだろう、それでこの神技の民ドワーフは興味を抱いたか。ならば諦めさせるのはひどく骨が折れるだろう。
(とすると)
 ハラキリは素早く算を打つ。
 ひとまずこちらは相手の損になることではない。あのお姫様に借りを作ることになってはしまうが、ある意味では逆に利を与えることにもなる。無論明日の晩餐会を前に神技の民ドワーフがアデムメデスに、それも君主のいます王城にやってきたことが露見すれば外交問題になるだろう。が、例え、万が一そうなったとしてもカードは切り方次第。流石に面倒は免れないが――それが何より嫌なのだが――まあ、どうとでもすることができよう。
「……いいでしょう」
 ややあって、ハラキリはうなずいた。
「『天啓の間』の“仕掛け”の見学を所望、ということでいいですね」
 パン、と、ピッパが手を打った。隣席の少女がびくりと震えてこちらに振り返り、そして目を瞠った。ピッパが魅力を増していたのだ。表面の何が変わったわけでもない。表情も先と同じままだ。だが、顔色が違った。生命の輝きが増している。今、アデムメデス人にはピッパが女性に見えた。少女は戸惑っているようだ。もしピッパが額の眼を開けばその虹彩はキラキラと輝いているだろうし、もしそれを見れば少女はさらに目を見開くことだろう。
「ハラキリはガイドに向いてる」
 異星人は喜色満面に言った。
「何なら神技の民ドワーフ専属のガイドにならないかしら」
「嫌ですよ、面倒臭い連中ばかりでしょうし、拙者は万人受けするタイプではありませんからね」
「そう言いながら相手なりにそつなくこなすでしょうに」
「買い被りです」
「値段交渉が得意な奴は少ないからね、うちには」
「でしょうねえ。それに、それを勧めるのはピッパさんが楽をしたいからでしょう?」
「まあ、まあ、相変わらず生意気な奴」
「ほら、万人向けしない」
 ピッパはもう一度手を叩いた。隣席の少女はそれが美青年――あるいは美女の喜びに類する表現だと気づいたらしく、もうびくつかない。ピッパは言う。
「けどね、気が向いたら連絡しなさいな。前から言ってるけど一度だけは親身になってあげるから」
 ハラキリは笑った。それは言葉を変えれば一度の世話以外はしないということだ。今もこうして親しく話しているが、ピッパは本質的にはこちらに興味を持っていない。アデムメデス人の内でこの神技の民が心を差し向けるのは友のラン・ジジだけである。その一度の世話にしても親友に対する義理の域を出ない。母がなければ自分も隣席の少女と同じ程度に扱われているだろう。――ビジネスの相手という関心は残ったとしても。
 食事で汚れた手をウェットティッシュで拭く異星人を傍らに、ハラキリは王城の実質的な主へと電話をかけた。出たのは執事であり、王女とは話を通じ得なかったが、許可は容易に下りた。ティディアと直接交渉しないで済んだのは、もちろん好都合である。
「では参りましょうか」
 立ち上がり、ハラキリは大きなトランク二つを転がした。このトランク自体は既製品であるらしい。
「母からの伝言です。クロノウォレスの良い酒を出す店を見つけたから、そこで飲もうと」
 ピッパはちらりと額の眼を開いた。真正面に立つハラキリにしか見えない角度で、開いたと言ってもほんの糸筋程度であったが、しかしそれが思わず出た行為であるだけにピッパの喜びの強さを伝えるものであった。
「それは楽しみね」
 ピッパは言い、そして手を擦り合わせながらもう一度言った。
「ああ、楽しみ」

→18-04へ
←18-02へ
メニューへ