「――それでは早速インタビューさせていただきます!」
 良かった、ちょうどここからが本番だ、とフライドポテトにフォークを差し込みながらハラキリは思った。緊張のためであろうほんの少しの間を置いて『崖っぷち清純派アイドル』が問いかける。
「ティディア様! 今朝は何をお食べになりましたか!?」
「つい三分前、環境大臣の第二秘書に偽証教唆及び脅迫容疑で逮捕状が出たわ」
「ぅへぇッッ!?」
 メルシーの周波数のかっ飛んだ声は、驚きのものだったろうか? それとも王女が何を言っているのか理解できなかったがためのものだろうか。それに重ねて聞こえてきたブという音はニトロが吹き出しでもしたのだろう。ハラキリは飲み込みかけていたフライドポテトを吐き飛ばすところだった。
 内容に反してやたらと気軽い調子の王女は続けてのたまう。
「彼の近くでこれを聞いている人がいたら、証拠隠滅しないように身柄を拘束しておいてね♪ ま今更隠滅なんてしても意味ないけど。まさか大臣もお仲間ってことはないことを、お姫様、信じているから」
 爆弾発言どころではない。これを聞いた各メディアのニュース班は天地がひっくり返ったような騒ぎを起こすこと必定である。寝耳に水。噂にすらなっていなかった事態。環境大臣関係者及び環境省は大パニックであろう。まさに『クレイジー・プリンセス』の面目躍如である。
「……」
 インタビュアーは二の句を継げない。一瞬妙な沈黙が入った。重い沈黙であった。Webページが自動更新される。しかし更新は反映されない。サーバーがダウンしていた。
「仕方ないわねー」
 鉛のような一瞬の沈黙を破って明るくティディアが言う。
「メルシー、こちらから質問するわ」
 先ほど自分が何を言ったのか忘れたように、否、それどころかこれが初めての発言だとばかりに彼女は問う。
「今日のパンツは何色?」
「ここでいきなりセクハラ!?」
 ニトロが叫んだ。
「さあ、何をしているの?」
 しかしティディアは突き進む。
「さっさとその短すぎるスカートをたくし上げなさい!」
「ぅおい要求をエスカレートさせんな!」
「番組一つ終わらせることなんて簡単なのよ!?」
「さらにパワハラかよ! この流れでしかもその発言は最悪過ぎんだろ!」
「何で?」
「理解できないふりをするお前こそ俺は訴えたい!」
「もー。解ったわよ、それなら私もパンツの色を言えば文句ないでしょう!?」
「いやそういう問題じゃないよな!?」
「いいえ、今、このラジオを聴く男共の心は一つの大問題によって占められている! それこそは私のパンツが何かを知りたいという燃えるような劣情!」
「それもセクハラだろうがド阿呆!」
「さあ、皆の者、想像なさい、私は今、実はパンツを穿いていない!」
 また、沈黙が降りた。
 ハラキリにはニトロの呆気に取られた顔が見える。
 ティディアは引き続き元気良く叫ぶ。
「私のお股はノーガード! 目を遮る物はこのひらひらしたミニスカートだけ! ちょっと強い風が吹けば丸見えかも!? 部屋の中だから風なんか吹かないけど! あ、ヴィタ、窓開けてくれる? あ、はめ殺しか、なら割っちゃって」
「っお前ノリノリで何言ってんの!? バカなのか!?」
「バカです!」
「そうだバカ姫だった!」
「あ、ノーガードって言ってもそれはニトロにだけよ? 他の男のなんて、いらないから」
「今更お前貞淑ぶったって意味ねえだろンな状態で、てかちょっと飛び跳ねるな危ない危ない! ヴィタさんも割ろうと試みない!」
「ちなみに明々後日の『王都経済新聞』のインタビュー記事、それから今月の『ファスト・エンタメ・マガジン』と『気楽な生活』に写っている私は全部同じ格好で、つまり足を組んでいる時もちょっとローアングルの時もノーパンよ!」
「――え? マジで?」
「あら、忘れたの? お仕事の、前に、ニトロがその手で脱がしたんじゃない」
「おーまーえーは本当に何を言ってるんだああ!」
 ハラキリには解る。ティディアの言は嘘である。しかしニトロ君、ツッコミの選択をちょっと失敗しましたよ!
「そしてあの時からずっと私は穿いていない!」
 ほら否定対象を明確にして否定する隙を潰された。
「今日はこれからも穿かないわ! パーティーでは全体的に透け感のあるドレスを着るんだけど、私はやっぱり穿いていない! きっと注目必至ね! エロい意味で!」
「おいお前ちょっともう黙れ」
「何故ならそれもこれもニトロの命令だから!」
「ンな命令なんぞ断じてしてない!」
「言われなくても貴方の心は私には解る!」
「そんなこと言い出したら何でもありだよな!?」
「ニトロは私に何でもするじゃない!」
「ぅおおいこの流れでそれは誤解必至だろ!?」
「ところでさっきから何で発言しないのよインタビュアー!」
「お前のせいだろ何逆ギレしてんだ!」
「パンツの色は何色かって訊いているでしょう!?」
「え? そこに戻んの?」
「メルシー?」
「わ、わわわわわ」
 久しぶりにメルシーの声が聞こえてきた。しかしそこには媚態の欠片もない。おそらく彼女は素の表情になっていることだろう。
「いや、メルシーさん、こんな奴の言うこと聞くことないからね」
 ニトロが言う。
「この私の質問に答えられないって言うの? ほっほぉう、いい度胸をしているじゃなあい?」
 ティディアがドスの利いた声で圧する。
「だからパワハラすんなって! メルシーさん、恥ずかしいことに答える必要ないよ、大丈夫、無視だ無視!」
「無視できるものなら無視してもいいのよ、そう、無視できるもんならね」
「わわわ」
「メルシーさん」
「メルシー?」
「わわわわわ」
「メルシーさん!」
「メルシー!?」
「わわわわわわわ ワ」
 と、メルシーの声が硬直した。硬直したまま、ひび割れた。
「ワタシ、ワタクシも、脱ぎます! パンツなんて脱いでやります!」
「何でそうなる!?」
 驚愕したのはニトロである。その後ろで歓声を上げているのはティディアである。何を思ったか、いや、もう何も考えられていないのであろうメルシーは言う。
「この衣装を選んだ時、パンツを見られることへの羞恥心など捨てました」
「いや捨てちゃ駄目だろ清純派」
 ニトロがツッコむ。
「もはや色など知られて何するものぞ!」
「だからね」
「姫様が穿いていないのならばワタクシも!」
「論理が飛躍してるよ!?」
 ニトロの言葉はほとんど悲鳴である。どうやらメルシー、本当に脱ごうとしているらしい。衣擦れの音が間近に聞こえ出す。
「待って待ってティディアはまだしもメルシーさんの丈で脱いだら本当にまずい!」
「ぬーげ! ぬーげ!」
「囃し立てんなド痴女!」
「ワタクシ今、脱いでいます!」
「実況しないで脱がないで!」
「そうよ! 脱げば解放されるわスースーと!」
「お前はいい加減パンツを穿けぇ!」
「じゃ、メルシーが脱いだの穿くわ」
「そうじゃなくて!」
「脱ぎました!」
「うああああああぁぁぉ」
 ハラキリにはニトロが頭を抱えている姿が目に見えるようだった。
「ピンクだったのね!」
 ティディアが歓喜に目を輝かせているのがまた目に見える。
「ピンクです! お気に入りです! 一番かわいいのです!」
ありがとうメルシー!」
 ティディアが叫ぶ。
ありがとうメルシー!!」
 メルシーも続く。
 彼女の声はどこか底割れしている。
 もし、実際に目の前にしたら、きっと彼女の双眸はかっと見開かれ、その瞳は瞳孔が開き切っているだろう。
「メルシー!――じゃ、ねぇえええ!」
 頭を抱えているであろうニトロが血を吐くような怒声を上げた。しかし初めから暴走している痴女と暴走しちゃった崖っぷちアイドルは止まらない。

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